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My Story

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乳がんとともに〜数年先は分からないけれど、数か月先は多分元気だろうと…
クララ

2016年09月15日更新

手術(43歳)

最初に右胸に異変を感じたのは、2002年6月、痛みがあって、触ってみるとしこりがあり、近くの産婦人科へ行くと、大学病院の乳腺外科を紹介されました。

●同年7月
温存手術、大きさ1.6×1.6、腋窩リンパ節廓清、エストロゲン受容体+、プロゲステロン受容体+、HER2受容体-、リンパ節転移2個

夫の仕事による7年半のアメリカでの生活を終え、帰国後4年目のことでした。その4年間は義父との同居生活(義母はすでに他界)に始まり、義父、実家の父母の3人が入院、そして義父と父2人の死。とても慌ただしく変化の大きい年月でした。3人の子育てと仕事、PTAや地域の役員などに追われ、夫は度々長期海外出張がある上、実家も遠いため、いろいろな事を一人で背負い込み、気を張り詰めた毎日を送っていました。乳がんと診断された時はショックもありましたが、病気になったのは当然のような気もしました。入院時、看護師さんによる問診で「最近の環境の変化は?」と聞かれ、帰国後のことを話すと、看護師さんが涙ぐみながら「ここでしっかり休んで帰ってくださいね」と言ってくださるほどの4年間でした。

術後治療

入院中からノルバテックス服用(約5年間)とゾラデックス注射(2年間)によるホルモン療法開始、退院後、乳房への放射線(50グレイ)

骨転移(46歳)

●2005年7月 術後3年目の検査(胸部〜腹部CT)で胸椎に異常
骨シンチの結果、胸椎、腰椎、頭蓋骨に転移。リュープリン注射、アレデイア点滴開始(翌年6月からゾメタに変更)ノルバテックス継続

●2005年11月 セカンドオピニオンを聞き、胸椎〜腰椎に放射線治療開始

●2007年10月 PET検査、頸椎、仙椎、仙骨、腸骨、肋骨など計11か所に転移
ノルバテックスをアリミデックスに変更、リュープリン、ゾメタは継続

●2007年12月 子宮がん疑いのため、子宮内膜掻把術
●2009年10月 腸骨転移が悪化し放射線治療、骨転移増悪、ホルモン剤を変更
●2010年3月 フェマーラに変更
●2010年10月 アロマシンに変更
●2011年3月 フェアストンに変更
●2011年7月 再びアロマシンに変更
●2012年1月 リュープリン終了、3月 ヒスロンに変更
●2012年8月 フェソロデックスに変更
●2012年12月 ヒスロン、フルツロンに変更

肝転移(55歳)

●2014年7月 それまで骨の中だけで増殖していたがん細胞が、肝臓に転移1か所
●2014年8月 2度目のセカンドオピニオ
プロセエキソールに変更(ホルモンを多量投与する逆療法)、ゾメタ継続
●2014年12月 再び子宮がんの疑いのため、子宮内膜掻把術
●2015年1月 肝臓にラジオ波焼灼術(5か月経っても1か所だけだったので)
●2015年2月 転移当初からあった頭蓋骨転移が悪化し、サイバーナイフ治療
●2015年5月 骨転移に新出が見られ、ゼローダに変更
●2015年6月 ゾメタが10年目を迎え、ランマークに変更
●2015年8月 新たに肝臓に1か所出現 ラジオ波焼灼術
ゼローダの副作用が手足の皮膚症状だけでなく、強い痛みのため立っていることも包丁を持つことも難しくなったため、量と飲み方を試行錯誤

●2016年3月現在 ゼローダ朝夕3錠、1週間飲んで1週間休薬、ランマーク4週間に1度

転移して思ったこと

転移後、あけぼの福岡に入会し、乳がんについて勉強するうちに、「リンパ節転移があったのだから、念のため術後抗がん剤治療もすべきだったのでは?」「ゾラデックスを2年で止めたのは早すぎたのでは?」と思うようになりました。乳がんと診断された時点で、もっと乳がんについて調べるべきだった、医師に「大丈夫」と言われても、「念のための治療」をしてもらえばよかったと思いました。今は再発転移予防のための術後治療が手厚くなっていると感じます。当時は今ほどではなく、私は慣れない環境での子育てと仕事に精一杯で、自分の事は後回し、治療の事は医師にお任せ、2年間でゾラデックス注射が終わった時も、「良かった!もう大丈夫なんだ」と安心しきってしまいました。

術後しばらくは仕事を減らし、無理をしないように心掛けていましたが、2年を過ぎたころから、仕事量も増え始め、元気そうに見えるのでPTAや地域の役員なども断り切れず、また夫は海外単身赴任になり、再び術前と同じような気を張り詰めた生活に戻ってしまっていました。今思えば、乳がん患者だという認識が足りなかったと思います。

術後3年で転移したのだから、余命も3年ぐらいと思い込み、いろいろな欲を捨てて、家族のためだけに生きようとしていた時期があります。もともと好奇心旺盛でやりたい事が次々出てきてしまう私が、だんだん消極的になって家に居る時間が増えました。ある時、鏡に映った自分の生気のない顔を見て情けなくなり涙が出ました。残り少ない人生、好きな事をしてもいいのではと気持ちが変わりました。

術後13年半、転移後10年半を迎え、日常生活の中で制限されることはありますが、まだ普通に生きていられることは本当にありがたいことです。医療の進歩と周りの人々の優しさ、支えに感謝しています。これから厳しい状況が待っているかもしれませんが、また数か月先に楽しい予定を作って、それを楽しみに一日一日を大切に過ごしたいと思っています。(2016.4.15記)