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My Story

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31年目の放射線障害 Ⅱ
金岡益代(あけぼの愛知代表 1956年生まれ)

2017年02月15日更新

昨年4月中旬、乳がん術後31年目、家の近くの総合病院の整形外科に緊急入院!
病名は右肩甲骨慢性骨髄炎・右肩甲骨部感染性
ろう孔でした。

総合病院の主治医が、もし手術を考えるのであれば良い先生を紹介しますと言われ、その後、愛知県のがん専門病院で骨軟部腫瘍・整形外科の先生のもとに通院することになりました。
手術になった場合のことも考えて形成外科も受診しました。

抗生物質を使いすぎると抗体が出来てしまい必要な時に効かなくなってしまう可能性があると言われて、飲んでいた抗生剤(クラビット500)を中止しました。感染症のことも考えて、専門分野がある大学病院の方がよいでしょうとの考えで、また紹介状をもらい、名古屋の大学病院を再度受診して、現在に至っています。
どの先生も私優先に考えてくれた結果、良い方向に向かうことが出来ました。先生方には感謝しています。

骨髄炎と診断がついた後の不安は、手術or肩甲骨骨髄炎によるろう孔による滲出物(膿)との共存を選ぶかの判断の結論を出さなくてはいけませんでした。
手術も膿との共存もどちらも辛い結論を出さなくてはいけなかったのですが、手術を選択した場合は大手術になり、放射線が当たって硬くなっている肩甲骨周辺の皮膚、筋肉がくっつかない可能性もあり、肩甲骨をいじる為に右腕の機能を含めて予後の不安もあり踏み切れない。
手術をすることも考えて、整形外科の先生を主治医として形成外科も受診していました。

現在は右腕の鈍痛はありますが、動きます。日常生活に不自由はありません。‘生活の質を保つ’ために骨髄炎と共存のほうを選択しました。ろう孔があり、穴が開き、そこから膿が出ているから体内に膿が回らずにいる。それをラッキーと考えることにしました。それは一生ガーゼ交換をすることを意味します。(難点は肩甲骨に手が届かない。お風呂はシャワーのみ)でもなってしまったことは仕方がない。現在は毎日のガーゼ交換は夫にしてもらっています。

31年も前の治療で、放射線を当て過ぎて骨が折れてしまったのが原因かもしれませんが、その時の治療があったから再発も無く、今を生きていることに感謝、後悔はありません。

昨年5月中旬から、悩みに悩んでいました肩甲骨骨髄炎の治療方針がやっと決まりました。どちらも辛くてしんどい選択でしたが、現段階では手術はしなくて、骨髄炎と共存。もちろん、定期的に通院して経過観察はしてもらいます。
決断したことで、気持ちの切り替えが出来、精神的にぐんと楽になりました。

●昔、30歳の誕生日に涙と共に誓った「80歳の可愛いおばあちゃんになりたい!」
今後は、「目指せ可愛い80歳!」を目指して、生きて行きたいと思います。