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巻頭記事

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「ロッキングチェアに揺られて」廣瀬満重さんのブログ(2018/10/14)より 《2018年10月22日更新》

2018年10月22日 更新

 左からSandy, 会長、Leera, Jennifer のワット家族と Zeno(Sandyの友人)(コートヤード・マリオット銀座東武ホテル 撮影:木村智子 2018/10/14) 左からSandy, 会長、Leera, Jennifer のワット家族と Zeno(Sandyの友人)(コートヤード・マリオット銀座東武ホテル 撮影:木村智子 2018/10/14)今日は乳がん患者会あけぼの会創立40周年記念大会だ。サブタイトルは「私たちは何を変えたか、そして未来!」だという。38歳で乳がんに罹患され、その後あけぼの会を立ち上げ40年に渡り運営されてきた会長さんが今回で勇退を決められた。

2009年6月の誕生日に入会して足かけ10年になった。こうした大会に参加するのは6回目だ。
会長さんから「ご主人も連れて来てね」というお話を頂き、今回は最後だし、一度夫にも聞いてもらってもよいな、と、ともすれば引きこもり系の夫に同行を願った。
大会は12時から16時までの4時間の長丁場。お昼を摂る時間もないので、途中のコンビニで軽食を調達してホールに到着。ショッキングピンクのTシャツに身を包んだ事務局の方たちや、お手伝いの各支部の方たちに迎えられ、広報でお世話になった事務局のSさんや、重複がんの治療から復帰されたカメラ片手のKさん等何名かの方にご挨拶。

ホールに入ると既に席は殆ど場所取りが終わっている。最前席の前には補助椅子がギッシリ。700名を超える参加者がいるようだ。かろうじて前方右寄りの席を2つ確保してから、ロビーで軽食を摂る。ソファは一杯で、立食になった。ロビーには「会長さんに一言メッセージを」のコーナーがあり、夫とともにブルーの付箋に感謝の言葉を書いてきた。

そして定刻通り会がスタート。司会は事務局のSさんだ。
正面の舞台にはピンクの文字で今回のテーマが掲げられた看板と、会のスローガン「再び、誇り高く美しく」がスライドで写されている。
黒い帽子を被りショッキングピンクのスーツに身を包んだ会長さんが開会のご挨拶。これまでの歴史を述べられた後、ご自宅で会を立ち上げた当時6歳だった息子さん、8歳だったという娘さんが、それぞれロンドンや広島から駆けつけてご挨拶された。可愛らしいお孫さんの姿もあった。ご主人がALSを患われ、数年にわたりロンドンを25往復しながら介護する傍ら会長を続けてこられたのだ。ご家族の支えにも本当に頭が下がる。 

そして全国各地から集結された6名の錚々たるドクターによるオムニバス形式の講演がスタート。
愛知県がんセンターから岩田広治先生が「新しい治療法の開発―臨床試験には患者さんの協力が不可欠ですー」、がん研有明病院から大野真司先生が「未来を拓くーICT時代の乳がん医療―」、日本医科大武蔵小杉病院の勝俣範之先生が「再発しても希望を持って生きるーがんとうまく付き合っていくには?-」、数年前の会のシンポジウムでご一緒させて頂いた紅一点の清水千佳子先生が「サバイバーシップを科学するー新しい医療の創出―」、京大病院から戸井雅和先生が「トランスレーショナル研究―がんと宿主の特性を理解するー」、トリにはメルボルンから今朝帰国されたばかりという昭和大病院の中村清吾先生が「乳がんの予防はどこまで可能かー遺伝性乳がんのことなどー」という演題でお一人15分の持ち時間を目一杯使って熱弁を奮われた。

それにしても10月の乳がん月間、お忙しい筈の著名な先生方がよくもここまで揃われたものだ。
15分ほど時間が押して、休憩時間になる。
水分と糖分補給のため、ソファに腰掛ける。お手洗いの行列が凄い。そんな中、先日の瞑想ヨーガ教室に参加してくださったお二人にバッタリ。お互いにびっくりである。笑顔で挨拶出来る方がいるという有難さを思う。

予定より5分ほど遅れて第二部開始。
パネルディスカッションでは会長さん、新副会長さんと清水先生が司会進行をされ、6人の先生方がずらりと並ぶ。今回は、会長さん勇退ということで駆け付けられたであろう、既に治療は終えられた乳がん卒業生の方が多く、(再発)治療中の方は少数のように見受けられた。

●ギャラリーから患者からの要望なども受けつつ、先生方にお応え頂く。治療選択肢が複数示されても、一つしか示されなくても患者は悩む。主治医との人間関係や相性、コミュニケーション能力等問題は多岐に渡り、なかなか一筋縄ではいかない。難しい問題だ。それでも先生方の日々の忙しさを思うと、患者自身も勉強し、たとえ短い5分くらいの診察時間でも、それを最大限に活用できるようにその都度真剣勝負で臨まなければならないように感じている。
最後に6人の先生方が、何を考えて乳がん患者のためになさっているか、その情熱の源を伺って、時間通りシンポジウムは終了。
 
●後半はお待ちかねの「全国からようこそ」のコーナー。北は北海道、南は鹿児島までの36道府県の支部長さんが舞台にずらりと並び、各県からの参加者人数が司会から報告され、参加者はその場に立つという、参加者にとってこの場にいることが実感できる大切な時間だ。東京からは200人弱の参加者がおり、私もその場で起立した。
韓国のソウルからも会員がお一人いらしていてご挨拶をされた。

●いよいよ閉会の時間が迫ってくる。次期の副会長さん4人と会長さんの自己紹介に続き、製薬会社さんや新聞記者さん等関係者のご挨拶も。そして同行されたご主人たちもスタンドアップ。隣に座っていた夫も起立して拍手を頂いた。
舞台の上の4名の事務局の皆さんからも一言ずつご挨拶があり、最後は戸井先生が全員の三・三・七拍子の音頭を取られてお開きとなった。定刻の4時。 いつものように帰りはエスカレーターの脇で会長さん自らがお見送りをしてくださる。夫と2人で順番を待ち、ご挨拶と握手をしてホールを後にした。

●それにしても、医療者に対しても家庭でも職場でもともすれば立場が弱くなり得る患者に寄り添い励ましてくれた会の存在意義は大きい。会を立ち上げた会長さんには心から敬意を表したい。
私がこうしてブログを綴るようになったのも会長さんの後押しがあったからである。感謝してもしきれないものがある。
会長さん、長い間本当にお疲れさまでした、そしてありがとうございました。   (東京会員 廣瀬満重)
*ロッキングチェアに揺られてhttps://blog.goo.ne.jp/in-a-rockingchair/d/20181014

参照:あけぼの会HP My Story  
http://www.akebono-net.org/-article-1980.html
http://www.akebono-net.org/-article-2226.html