HOMEお問い合わせ
あけぼの会事務局  〒812-0044 福岡県福岡市博多区千代5-1-4-620  TEL&FAX:092-651-1751(月、火、木10:00〜16:00)  akebonokai.since1978@gmail.com

My Story

My Story

「まさか⁉︎ 26歳で乳がんだなんて!」  その②
前川有紀(あけぼの栃木)

2019年03月15日更新

ドナルドダックの仮装で東京マラソン完走しました!<br>2019/3/3 ドナルドダックの仮装で東京マラソン完走しました!
2019/3/3

二度目の乳がん
 1年1年、年が経つにつれてがんは完治すると思っていましたが、7年後、2008年8月のこと、鏡を見ていたら、反対側の左胸にしこりがあるのを見つけました。「また乳がんなのでは?」と頭をよぎりました。芳賀日赤病院を受診し、検査の結果、7年前と同じ病名 「粘液がん」(特殊型の乳がん:日本乳癌学会 患者さんのための乳癌診療ガイドライン Q28参照、 https://jbcs.gr.jp/guidline/p2016/guidline/g4/q28/)(←リンク)と診断されました。その時33歳でした。 
 芳賀日赤で診察していただいた先生は、自治医科大学病院の先生だったので、
そちらで手術をすることになりました。7年前とは違って、医療も進み、手術の内容も変わっていたのに驚きました。
 今回の術後は、身体も自由に動けることが嬉しく、病室の方も同じ乳がんだったので、 色々とお話をしたり、一緒に院内を散歩したり、退屈することなく楽しい入院生活を送りました。1週間後に退院し、2週間後には仕事復帰しました。
 その後、治療方針が決まり、放射線治療、ホルモン療法を行うと説明がありました。ノ ルバデックス内服5年、リュープリン注射2年とのこと、今回は、放射線治療をしながら仕 事に行く日々が始まりました。放射線治療の後半になると、食欲もなくなり、疲れてしまい仕事を休みたいと思う時もありましたが、最後まで頑張りました。
 リュープリン注射開始から辛い副作用との闘いが始まりました。生理は止まり、顔がむくんだり、身体が熱くなったり…。いつも元気で前向きだった私が鬱状態になり、職場で 仲間たちが楽しく話をしていても、一緒に笑うことはなく、笑顔もなくなっていました。
 「これではいけない、前に踏み出さないと自分がダメになってしまう」と思い、中断していたマラソンを始めてみました。身体を動かすこと、走りきることに達成感があり、少 しずつ笑顔が戻り、いつの間にか鬱はなくなっていました。
 2年間のリュープリン注射が終わり、内服薬だけになってからは、夜中に目が覚めることもなくなり、体調もすっかり普通に戻りました。
 5年間の内服予定でしたが先生から「あと5年続けた方がよい」と言われました。私は止めたかったのですが、再発したら大変なことになってしまうと思い、今現在ものんでいます。来年の10月には終わる予定です。時々のみ忘れることもありますが、あと1年頑張ろうと思います。

 2度目の乳がんになったことで、色々な趣味が持てるようになり、友達もたくさんできたことに感謝です。これからも、乳がんを乗り越えて、素晴らしいと思える人生を送っていきたいと思います。  
前川有紀  lovely-hk.dodonpa.yuki@ezweb.ne.jp

追記: 2019年3月3日、東京マラソンに出場して、無事完走することができました。
雨にも負けずがんばって完走できた私は、これから先、何があってもきっと乗り越えていけると信じています。
あの日の雨は私の涙です。 13年間待ち続けた東京マラソン出場の夢が叶った喜びの涙。
たくさんの方から声援をいただき無事完走できた嬉し涙です。