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My Story

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白血病のあとに乳がん、なぜなの?  ③-1
山内千晶(あけぼの福岡)

2019年04月01日更新

笑顔でピース 先輩と一緒に笑顔でピース! 山内 千晶(48) 福岡県筑紫野市在住 学校事務 【病歴】2004年33歳 急性骨髄性白血病と診断    
    2006年    再発     
    2007年    造血幹細胞移植     
    2016年45歳 両側乳がんの診断           
            ・左はリンパ節郭清を伴う乳房全摘(トリプルネガティブ)           
            ・右は2カ所、温存手術(トリプルネガティブ・HER2陽性)、放射線、抗がん剤治療 

2016年1月「左胸がチクチク痛いなあ・・・」と呟いたのは、福岡に大雪が降り、都市機能が麻痺したあの冬の日でした。ちょうど東京出張から帰ったばかりだったので、気になりはしたものの、特に検査には行きませんでした。 私は、白血病の治療を受けた33才から、後遺症で早期に閉経してしまい、強い更年期障害に悩まされたため、長年、ホルモン充填療法、カウフマン療法(エストロゲンとゲスターゲンの2種類の女性ホルモンを周期的に内服する治療法)を受けていました。医師から「乳がんの罹患率が高くなる」と言われ、定期的に検診を受けておりました。検診は前回が2015年7月で、次の検診は3ヶ月後の2016年4月に予定していたので、それも、すぐに病院に行かなかった理由でした。

しかし、痛みは少しずつ乳房全体に広がっていく感じがあり、ちょうど左胸の下、脇腹に近い部分に熱感がある気がして、「やはり検査してみよう!」と、いつもの病院に連絡をしてみると、折しも著名人が乳がんになったことが話題になっていて、なかなか検査予約が取れず、「4月に予約が入っているので、それまで待ってみては?」と言われました。しかし、大きな病気にかかった経験から、「気になることは早く解決したい!」と無理を言って、検査を入れてもらいました。

マンモグラフィーの画像を見ながら、医師は「うーん、ちょっと気になりますね。細胞診をしてみましょう」と、すぐに細胞診の用意を始めました。その瞬間「ああ、やっぱり」という思いで、頭がいっぱいに。そして「なんでまた、がんになったのだろう・・・、やっと白血病から10年を過ぎてホッとした矢先というのに」と思っていると、案じた通り、「乳がん」の告知を受けたのです。心が折れていきました。

告知の日、重い気持ちを抱えたまま、たまたま午後から、ピアサポート講習会にスタッフとして出席予定でした。今日の今日だけに、行くのをやめようか・・・と迷いましたが、「そういう日だからこそ、会いに来て!」という皆さんの声に励まされ、出席しました。すぐにみなさんが私の元に駆け寄って「辛いわね、びっくりしたね」と抱きしめてくれたり、黙って背中をさすってくれたり、手を握ってくれたりしました。その瞬間、こらえていた悲しみが「わーっ!」とあふれて、声を上げて子供のように泣きました。 「なんでまた今度は乳がんなんだろう」と、こみ上げる思いを打ち明けると、そこにいた皆さんが「そうだよね」と、ずーっと私の話に耳を傾けてくれました。おかげで、その場で気持ちの切り替えができ、家に帰る頃には「なってしまったものは仕方がない、あとは淡々と治療していくのみだ」と覚悟できたのです。

細胞診からMRI、組織診、病理・・・と次々に検査が進むにつれ、最初は左乳房だけだったのが、実は右にもある、それも2つある、という具合に、どんどん状況が変わっていきました。サブタイプもトリプルネガティブとHER2陽性のバラバラのタイプ。術前化学療法の話も出ましたが、余病を考え、「スパッっと切ってください。胸は大事ですが命の方がもっと大事です」と、手術をしてからの化学療法と温存側は放射線治療を受けることに決めました。

→次回に続く(4月15日更新予定です)