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巻頭記事

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【あけぼの岐阜】懇話会at吉祥寺②
 

2020年07月01日 更新

【志比貴美子さんからのメッセージ】
 私があけぼの会と出会うきっかけは、7,8年前あけぼの岐阜が母の日に岐阜駅で乳がん検診啓発のティッシュ配布をするという記事をみたのがきっかけです。 記事には会員さんの写真と岐阜市西郷在住と連絡先の記載がありそこに連絡をしたのがはじまりです。

 あけぼの会とのきっかけをお話しするには、お祀りする弁天様の話しをしなければなりません。禅宗の寺は明治より妻帯が許されました。初代お庫裡(おくり)(住職妻)たつ、二代目静子、三代目綾子、四代目貴美子(私)となります。
 初代のお庫裡(たつ)は子供が授からず、村の親のない子を養女にしました。じぶんが産んでいないのでお乳が出ません。毎日弁天様にお参りすると乳が出るようになり、その子(静子)は7歳までお乳を飲んでいたそうです。乳を飲んで育った子は静子は「私は7歳まで乳を飲んでいた」と3代目(綾子)に話を直接聞かされたと聞いています。 その話を伝え聞いていた当初は、物語のようにとらえていたのですが、10年程前、弁天様を復興する際に、初代たつさんの実家の親戚のお宅に伺ったり、たつさんの妹さんの嫁いだお寺に行って話を聞いたりするうち、たつさんをとても身近に感じるようになりました。

貴美子さんからの絵手紙貴美子さんからの絵手紙 また、わたしは、お檀家さんから男の子を産むことを待望されていて、不妊治療でやっと授かった自分自身とおきかえ色々な思いがめぐり、女性として初代禅宗に嫁いだ苦労を思うと深い尊敬の気持ちを持つようになりました。
そんな時、あけぼの岐阜の活動の新聞記事を目にしたのです。
初代たつは岐阜市西郷の出身でした。 たつさんへのリスペクト、お乳、西郷、何かできることはないかという思いが私のなかでリンクしたのだと思います。

 活動に参加した当初、お寺に行ってということ、患者でないということで皆さんから嫌われたりしないかと心配でした。 でも皆さんが温かく迎えてくださいました。 橋渡さんや皆さんが気さくに明るく声をかけてくださいました。
皆さんが勉強熱心で病気の事、治療の事、とても悲しいことに驚きました。参加した当初は何かお手伝いできればというおもいでしたが、いつのころからか、患者さんという捉え方ではなく、命を精一杯生きる先輩方、と感じるようになりました。
皆さんキラキラ輝いていらっしゃる、その輪の中にいると、ほっとできるのです。

 これは、ひとえにワット隆子さんが会を立上げられた時、掲げられた10か条が根底にあるからだと思います。患者としてのみならず、人としてどう生きるか、凛としていて優しく慈悲深い、そんな思いを感じました。人々に与える影響、元気をもらえます。 お手伝いなど殆どできず、皆さんからむしろおして頂くばかりです。
 まずは、お寺に病気(乳がん)で悩む方がいらっしゃった時、あけぼの会(あけぼの岐阜)という素晴らしい患者会をお伝えして行きたいです。 また、苦しみ悩みを受け止める祈りの場を守ることが仕事です。精進していきます。 志比貴美子




【参加者からの感想】

・コロナ禍における、1ケ月遅れの開催。緊急事態宣言解除後でしたが、吉祥寺さんの本堂で行われたことで、十分なソーシャルデイスタンスが保たれていたと思います。マスクの着用等、徹底した管理の元での懇話会でした。 住職さんの、般若心経の説明に現在と重ね合わせてうなずくばかりです。ワット隆子元会長さんのお話しに、心打たれた場面もありました。ワットさんから、コロナ状況の中でも勇気と活力をもらいました。
井口さんの以前郡上で聞いた、奥さんの闘病生活の話しから約10年、お子さんの成長を感じました。
・ワット隆子さんのオーラは凄い、40年間の歩み、先生方と信頼関係を築き、ワット隆子さんをはじめ、橋渡さん、他県の代表さん、いつもメンバーを支えて下さり、感謝しております。ワット隆子さんの話しに勇気をもらえるから参加しました。 笑ったり、励ましていただいたり、ご主人を亡くされた悲しみの経験からの「試練は大変よ。逃げられない。そうなったら来い。一緒に向き合っていくしかないと腹を決めた方が楽よ。」という力強い言葉が心に響いてきました。
がんと向き合い、あけぼの会で得た知識と情報をもって治療に臨んでいきます。
これからも人の役に立てるように行動したいと思っています。愛情溢れるお話しをありがとうございました。
歌は、様々な思いがオーバーラップして号泣でした。

【あけぼの岐阜 木村直子副代表より】
コロナ禍で今年の行事ができずにいる中、ソーシャルディスタンスをとりながら、懇話会at吉祥寺を開催しました。 何故このお寺で開催したかは、岐阜市にある吉祥寺は別名「おっぱい寺」と言われており「お乳が出るようにまいにちお祈りをしたら出るようになった」という伝説があります。乳弁天には、願い事を書いた布製のおっぱいが天井いっぱいに奉納されていました。住職が「いまでは乳がんで患者もお参りにみえる方が増えてきました」と話されました。布製おっぱいに「再発しないように」と願いが書かれて奉納されているのもありました。寺の住職の志比貴美子さんは賛同会員でその縁もあり、今回初めての試みでした。

 住職に般若心経についておはなしをして頂きました。人間にはこだわりを持つと無意識の中で形ができてしまい、苦しみが始まる「無圭事礙」むーけーげーこーは心に引っ掛かりなければ私達は怖いものや苦しみはないと話されました。
 ワット隆子元会長さんは「乳がん患者と共に40年」を話して頂きました。「がんのあと潔くよく生きる10か条」のその中の5つ目、「人のためになることをして」・・・ 久しぶりに聞きました。いつも元気でおあいするだけで、何故か「元気で生きる勇気」を貰います。
 井口さん(ミスター井口)の賛同会員から、体験談を久しぶりききました。奥さんを乳がんで亡くし、約15年、夫の立場での子育ての苦悩の中、約10年あけぼの岐阜と長い間関わってきて、自分の体験談を語る事で子供達が思春期を乗り越えて、成人した。そして今の自分がある…あけぼの岐阜の患者会に私自身も子供達も救われて支えられてきました。という話を聞き、患者会を支える立場の一人として嬉しかったです。

 本堂で聞く歌がいつもの会場で聞くのと違い、外の風の気配を感じながら、居心地のいい雰囲気でした。この雰囲気もこのコロナ状況で何処にも行けず、外の風も景色もまともに見えないだけに「居心地のいい」空間と時間でした。
 最後に1時間ほど懇談会をしました。参加した方の心境や今の状況などを話しました。再建途中の体験談、検査結果待ち方、治療を3週間ごとにしている方と本堂で話すのも 他にない機会で、居心地のいい雰囲気でした。 最後にコロナウィルスが終息して、あけぼの岐阜として沢山の人達が集まる活動ができることを祈りながら解散しました。