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My Story

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人生は想定外!⑥ー3
――2012年手術→2019年結婚、妊娠、出産(46歳で)
アキ(あけぼの岐阜)

2020年09月09日更新

長良川に浮かぶ鵜飼舟<br>撮影:橋渡智美(岐阜)長良川に浮かぶ鵜飼舟
撮影:橋渡智美(岐阜)

部署の異動
 年が明けて職場に戻った私を待っていたのは、部署異動でした。それまでの部署は長時間残業が常態化しており、限られた期限の中で企業の権利にかかわる書類を作成するため、非常に神経を使う毎日でした。ちょうど別の部署で、産休に入る社員がおり、後任がなかなか見つからないとのことで私に声がかかりました。新しい部署は、確かに残業は殆どなかったのですが、仕事は代表者の秘書だったため、できるかどうか全く自信が持てませんでした。ただ、事情を知って、受けるしかないと思いました。こうして、治療生活の始まりとともに、職場では新しい仕事を覚えていくこととなりました。

治療の開始
 2013年1月31日、最初の抗がん剤投与、病室のベッドで点滴を受ける形でした。2時間ほどかかるとのことで、付き添いの姉は外出して、私はそのまま眠ってしまい、点滴終了を告げる音で目が覚めました。別室の看護士さんに聞こえるようにかどうか、ビーッビーッとかなり大きな音でした。見ると戻ってきた姉が「アキ!大丈夫?」と慌てていました。警告音が鳴り響いており、点滴袋と管は真っ赤で(赤色の薬剤だったため)、私は目を閉じているし、恐ろしくなったとのことでした。今では笑い話ですが、姉はいつも母親のように私の面倒を見てくれて、心配をしてくれます。
 翌金曜から週末と合わせて、3日間の休みは実家で過ごしました。投与直後は何事もなく、食欲もありましたが3時間ほど経ち夕方になると急にだるくなってきました。抗がん剤の副作用でした。だんだん気分が悪くなってきて、寒気も感じ始め、単に体調がすぐれないというより、何か恐怖を感じました。吐き気もして、下痢のような感じもして、そのうち頭がぐらぐらしてきました。トイレに座り、頭を抱え、ひたすら寒さとめまいに耐えていました。すると、両足のつま先から“波”が押し寄せてきました。ぞぞぞと悪寒のような感覚の“波”です。すねから膝、太ももを通って体を一気に駆け上がり、頭のてっぺんに達しました。抗がん剤が全身に行き渡った瞬間だったのか、あの感覚は、未だ忘れることができません。その後3日は、ひたすら寝て過ごしました。

投与2週間で髪が抜け始める
 明けて月曜、抗がん剤投与後の最初の出勤日が、新しい部署での一日目でした。仕事は、マニュアルもルールもないような仕事でした。代表者の日々のスケジュール管理、経費処理、国内外の出張手配、面会や会議の日程調整、名刺の整理など細々とした作業から、社内外の人たちとの日程や意見の調整、国内外の取引先への連絡やお礼状、ごあいさつ状など、その時々で対応していかねばならず、さらに、受付フロアにいたため、通常の電話対応や来客対応もする、以前とは大きく異なっていました。
 インフルエンザのシーズンに来訪者に接しなければならないのも不安で、「抗がん剤治療中だから受付から離れた席にしてもらえないか」と相談しましたが、席がないと言われてしまいました。
 抗がん剤投与からちょうど2週間、シャンプーをしていたら髪がごっそり抜けました。ショックというより「ほんとにちょうど2週間で来るんだ!」と驚きのほうが大きかったです。職場には、すでにウィッグをつけて行き、家ではケア帽子をかぶっていました。ずっと何かをかぶっている生活は、肩が凝りました。
 髪が抜けることはそれほどショックではなかったのですが、時々鏡で見ても、実感がわかないような感覚はありました。また、その頃、若い女性アイドルが、何か不祥事を起こした罰として自分で頭を丸刈りにしたことがありました。それを見て「髪をなくすことを何かの“罰”とするなんて、仕方なく髪をなくす人には失礼な話だ」と不快に感じた記憶があります。

白血球、好中球が激減  
 2月下旬のある日、のどの痛みを感じました。仕事の引継ぎ中に体調を崩したらまずいと思い、2、3日仕事を続けていましたが、ある朝遂に起き上がれなくなりました。声が全く出なくなっていたので、姉にメールし、職場に電話してもらい、母にも連絡し、病院に連れて行ってもらうことにしました。できるだけ自分でやろうと思っていましたが、この時はすぐにヘルプを求めました。
 診察の結果、白血球の数が激減しており「これ以上少なくなると、取り戻せなくなる」というところまで来ていたことが判明。また、通常は白血球の中の6割を占める好中球が1割を切っており「白血球が免疫細胞として機能できなくなる」状態でした。白血球を増やす薬を点滴して、再入院は免れました。抗がん剤で抵抗力が落ちているところに連日の残業で体力を消耗し日和見菌が悪さをしたと思われる、とのことでした。
 「このままですと、次回の抗がん剤は予定通り打てませんね。しばらく休んで体力を回復させてください」と先生に言われ、思わず「そんな!仕事はどうなるんですか!」と言ってしまいました。先生には「こんな状態でまだ仕事仕事と言うんですか!」と強く言われてしまいました。当然です。仕事は、2週間休みをもらい、体調は落ち着きましたが、家族と話し合い、川口先生とも相談して、抗がん剤はやめることしました。それができたのも、悪性度が中程度だったこともありますが、早期発見だったからだと思います。

 この続きは、9月16日(水)掲載予定です。