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My Story

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My Story(2016/8)あれから5年、その後の経過報告(4)
廣瀬満重 (東京在住・1961年生まれ)

2021年08月30日更新

藪萱草(ヤブカンゾウ)<br />ーー花言葉は「悲しみを忘れる」<br />撮影:前田こずえ(東京)2021/8<藪萱草(ヤブカンゾウ)
ーー花言葉は「悲しみを忘れる」
撮影:前田こずえ(東京)2021/8

耐えられない薬の副作用に閉口(2019/3月~2020/6月まで)
 2019年2月に中止となったゼローダ+ハーセプチンの2剤併用から、3月にパージェタ+ハラヴェン+ハーセプチンの3剤併用に変更した(途中からハラヴェン中止)。
・3/6 ハーセプチンに加え、パージェタ、ハラヴェンの3剤併用1クール
・3/13 3剤併用1クール2回目、好中球が低値690まで下がったため、ハラヴェンを投与出来ず、次回から減量に。
・6/19 副作用に耐えられなくなりハラヴェン6クールは中止。パージェタ+ハーセプチンの2剤併用になる。
ハラヴェンは初回から好中球がガクンと下がり、減薬しても副作用は、かなり辛かった。吐き気はそれほどないという薬だったが、私にはかなり辛い吐き気があったため、2クール2回目からは最強の吐き気止めイメンドを追加して頂いた。ただ、8割減量しても体感的には殆ど変わらない副作用があり、5クール目から5割まで減薬した。
それでも末梢神経障害悪化のため5クールでギブアップした。足の裏、足首と進み、ふくらはぎ位までだった痺れが、あれよあれよという間に太腿まで上がってきて、このまま歩けなったら、という恐怖があった。患者仲間から、「我慢をしていたら、杖をつかなければ歩けなくなってしまった」と聞いていたからだ。
ハラヴェンを中止後、パージェタとハーセプチンの2剤になり、それからは、とりあえず3週毎にコンスタントに治療が出来ていた。だが、この間、副作用の下痢には毎回悩まされた。2015年2月に始まったカドサイラ投与の後半からずっとお腹が緩い状態で、整腸剤ミヤBM錠は手放せなかった。電車に乗るのが怖く、要所要所の駅のお手洗いの場所をチェックしていた記憶がある。

息子が大学を卒業、卒業式に出席
 プライベートでは3月初旬、4月から社会人になる息子が寮を出てマンションに引っ越しするため、その準備や手伝いで関西へ何度か通った。治療後でヘロヘロの中、これで子育ても一旦終了、と力を振り絞ったのも今では良い思い出だ。
2019年3月19日、息子の大学の卒業式、夫婦揃って出席した。思えば、息子が8歳(小3)の時に初発、11歳(小6)のまさに中学受験中に再発が判明した。高校の卒業式には出られないかもしれないと覚悟したことを思えば、就職まで見届けることが出来たのは感無量だった。
ハラヴェンの初回投与2週間後が卒業式。脱毛の確率は半分程度と聞いていたが、式当日の朝から脱毛が始まり、翌朝には落ち武者のごとく無残にほぼ抜けた。ホテルのバスルームも枕も申し訳ないくらい毛玉だらけだった。帰路には、ECによる完全脱毛以来,実に6年半ぶり、3度目のかつら生活がスタートした。

母のケア、第九合唱隊、ヨーガクラス講師で超多忙
 2019年夏には夫と中欧の旅を楽しんだ。この時は来年も元気ならまた海外旅行へ行こう!と、年内に予約まで入れていたのだが、ご存じ、コロナ騒ぎで流れてしまった。
 一方、2015年9月に直腸がんを手術して経過観察中だった母が、4年後のこの年9月に左腎がん手術を受けた。そのケアに加え、趣味で続けていた大学のOB・OG合唱団の記念コンサート、大学アリーナこけら落としの“第九”合唱にも加わり、土日祝日は練習と「乳がん患者さんのための瞑想ヨーガクラス」の講師等で多忙を極めた。

おめでとう、結婚30年、真珠婚式!
 年が明け2020年、まだ新型コロナウィルス感染拡大前、1月に結婚30周年、真珠婚式を迎えた。夫婦で予定していた記念旅行(真珠婚に因んで伊勢・志摩へ)には息子も合流し、賑やかな家族旅行となった。 (以下次回へ)

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