それでは私はどうやって主治医を決めたのでしょう。それが、いい加減だったのです。出たとこ勝負。最初の診察で「シコリが小さいので様子を見ては?」と言われ、「様子を見る」のがいやだったので、翌日もう一つの病院へ駆け込むことに。そこでもなんと「90%は良性。様子を見るか」と言われたのですよ。さて、あなたならどうする?

一刻も早く白か黒か知りたかった私は、「90%良性というのはいや。100%良性でなくちゃ」とねじ込んで、入院の手続をしました。試験切除の結果、なんと正真正銘の悪性でした。様子を見ていたら今頃どうなっていたでしょう。

それが渋谷の日赤医療センターです。それも当時住んでいたマンションから歩いて行ける、という理由で選んだ。今のように乳腺の専門医はいるか、年間症例数は?など思いもつかず、とにかく悪いものならさっさと切って取ってちょうだい。胸のどのくらい切断か、など質問もしなかった。問答無用。まな板の鯉。今から25年前はだれもがそうだった。

いやいや、当時でも、がんならがんの専門病院でなければ、と遠く北海道から東京の癌研病院まで手術に来ていた人がいたり、築地のがんセンターへ行く人がいたり、驚きました。私はちょっと安易すぎたか。おまけに、執刀医は30代の若者、いいのかな。「外科医は100人殺さないと一人前にならない」なんて話しをわざとする人がいて、青くなりました。でも、私はだれが執刀するかより、どんな進行状態で切るか、のほうが大事だと直感的に信じていたので、どこでもいいから早くしてほしい、とそればかり念じていました。

冷静に病院選びをして、遠距離でもいとわず、これと決めた専門医に執刀してもらう、そんな執念で医者選びをする人はとても意志の強い人。私は、ことこういう場合は「どんな医者でも医者は医者。患者によくないことをするはずがない」とかなんとか、いいように解釈して妥協してしまう。

たまたま日赤の先生がたもナースのみなさんもとても熱心で気持ちのよい入院生活でした。でもそのとき、一人のナースが言った誉め言葉を教えましょう。

「ワットさんのように自分でも一生懸命に治りたいと頑張っている患者さんは私たちも応援したくなる。そうでない人はどう応援していいかわからない」