山形の後藤栖子さん、どうしただろうか。瀕死の床なのか、何も言ってきてくれない。常ならば、ロンドン便りにすぐ呼応して、心境を書いて送ってくれるのに今回は何もない。恐ろしい予感がして、安否を確認するのもためらっている。幾度も不死鳥のごとく舞い戻ったのだから、もう一度だけ奇跡が起きてほしい。山形にも冬到来、冷たい無情の山おろしの中にじっと身を潜めているのだろうか、誰か彼女の無事を見届けてきてくれ。ああ、日本は遠い。こっちへ来る前に会って来るべきだった。が、時間も体力も余裕がなかった。
あけぼの会30年の間には何度か悲しい別れがあった。会の性質上、死は避けられないのはわかっている。でも慣れることはなく、その都度辛い。そして、必ず悔いが残る。あの時会いに行くべきだった、もっと時間を割いて話をすればよかった、とか。実は後藤さんには「生きている内に香典上げます」と送ってある。死んでからでは本人にわからないからつまらない。「あら、ありがとう」と喜んでくれた。とうに覚悟は出来ていた。ただでずっとニュースレターに連載原稿を書いてもらっていたのだから、名目は原稿料一括払い。
分福もやし、大佐和、播磨屋本店、ふくや、鹿児島ラーメン、増田町りんごジュース、さて何でしょう。このリビングルームにあるミニサイズダンボールのデザイン。あけぼの会の事務局は全国からの善意の差し入れが絶えない。その空き箱で送った戦地小包ボックスを子供たちが小物や書類用に再利用している。月に2回は小包をSAL便で送る。中身はインスタントラーメン、味噌汁、池尻大橋せんべい屋の手作り柿の種、海苔、ふりかけ、そんなありきたりの日本食2キロに2080円もかけて。だから高いラーメンについている。
昨夕、ミルクを買いに近所のコンビニぽい店へ行った。そこの支払いカウンターで見たタバコの値段にのけぞってしまった。マールボーロ一箱5.5ポンド、うそでしょ、といいながら掛ける250円で計算する。なんと1375円。桁間違いしている?でも百何十円のはずはないし。驚愕の余り硬直していたら「シガレット、マダム?」なんて聞くじゃない。マダムはいいんだけど、冗談じゃない、買いません。これでは近い将来、バンコックで見たような1本売りが出るに違いない。とにかく、この国の物価高は留まるところを知らない。
ミヨコさんの話ではこちらで人間ドックに入ると半日で700ポンド(計算してみて)、それが日本だと一泊二日で7万円だそう。そんなものですか。正しければこちらは倍以上ということになる。私も一度ドック入りすべきかしら。昨日から体がだるいと思っていたら、今朝ベッドから起きられなかった。夜中に咳を何回かしていたので、風邪らしい。ベッドといってもリビングのソファに細いマットを敷いての簡易ベッドが私の寝所。でも文句を言わない。でも正直家に帰って自分のベッドでゆっくり寝たい。猫たちはどうしているか。
病人がかつて使っていた足漕ぎ運道具が部屋の隅っこに置かれたまま、誰も目もくれない。あれに座ってせっせと足で漕いだり腕を廻したりしていたのに、今ではどこも自分では動かせなくなった。でも私が何か言うとよだれを垂らしながら、とてもうれしそうに笑う。文字盤で意思表示もたまにはする。だからまだ殺しにかかってはいけないのだが、私は内心、この人一体どんな風に死ぬのか、息を詰まらせた挙句にか、などと想像している。