9月21日午後、パリから夫の女友達、ジャッキーさんが訪ねて来た。二人は日本の早稲田で知り合った。夫もあの大学の社会人教育プログラムで教えていたことがある。彼女は今も日本に住んで、あちこちでフランス語を教えている。眼鏡を掛けているのに、ど近眼で字を鼻にくっ付けんばかりにして読んで、まさに女教師のタイプ。しかしかわいらしくて、1分でいい人だとわかる。1ヶ月前からパリに帰っていたので、汽車で来た。

 車中、ストライキをやっていて、グリーン車だったのに食事サービスがなくて、代わりにフランスパンと水がおいてあったので食べようとしたら、見ていた老女が、そんな乾いたパンと水なんて囚人食と同じと言ったそうで、途端に食べる気がしなくなって、結局ランチ抜きだった、とみなを笑わせてくれた。日本のおせんべいとそば茶を出したら、なつかしい日本の味だわ、と言って大喜び。本当はおにぎりでも出せばいいのだが、実は私はなぜかおにぎり作りが苦手。自分でもめったに買って食べない。

 彼女は着くや否や、夫の肩に手を掛けて、久しぶりね、どこか痛いの、何かできることはない、ルモンド紙を持って来て上げたわ、あなたこれいつも読んでいたでしょ、と言って、次にジェニーさんもタカコさんも毎日大変ね、(息子は出かけて留守)と私たち二人をねぎらう。病人が朝トライした新しい車椅子の座り心地が悪いと言い出して、やむなく娘と二人でホイスト使ってもとの椅子にチェンジしようとしたら、彼女も必死に手伝ってくれ、そのあと公園に行くのにも一緒に行くと言って、付いて出て行った。この人を見ていると、本当に病人を気使って会いに来てくれたのだということがよくわかる。自分が行きたいから気が済むように、と来る人とは違うことがよくわかる。

 夫は八方美人、誰でも拒まない主義。その夫が公園から帰るとなぜか、明日午後に訪ねてくることになっていたあのローズメリーとアメリカから来ているジョンさんの二人を断ってほしい、と言い出した。そうよ、来てくれても、疲れるばかりの人は断るべきなのよ、と平気で言う私。留守だったので、娘が留守電にメッセージを残した。

 案の定、私が取った電話に、怒った声で、ジェニーが明日は来ないで、と言ってるが、そうするとジョンはアメリカへ帰ってしまう、もう(二度と)会えないことになるが、それでいいのか、と迫ってきた。ローズメリーのバカさ加減はここで露呈。「ジョンも会いたがっていたが、当人がそう言うなら仕方ないわね、ジョンには、私からちゃんとわけを話しておくから心配ない」。こう言えば、自分たちのためではなく真に病人を思って訪ねて来たかったことになるのに。(夫はこんな人と結婚しなくて命拾いしたのよ)

 親身になって病人に接するジャッキーさんに私も教えられた。病人は敏感になっていて、本能的に嗅ぎ分ける。だから、これからは末期患者を見舞いに行くときは十分気をつけなければ、と自戒した。電話で必ず家人に尋ねて、病人が自分に会いたい、来てほしいと思っているなら行く、こんなことはレッスンワン、当然のこと。気分のいい夜、ギリシャ人を父に持つジャッキーさんをいつものギリシャレストランに招待した。