がんのあとの日々、毎日文庫本を一冊は必ず読むことに決めた、という会員がいました。その人は元教師で、読書が趣味でもあり習慣でもあったと思われるのですが、あらためて、そんな挑戦的な日課を自分に課したのでした。私は短い間でしたが、一日一本映画を観る、と決めて映画館に通いました。少し無理無茶な目標を設定することは、よりそのことだけに夢中になり、体力も時間もそのために費やすことになる。すると、いやながんのことを考える余力も時間も減る、という賢い戦略だった。

 と、同時に何かに挑戦することで、私はがんなんかに負けていない、という自己満足的勝利感を感じる、と私は分析しています。それと、一日一つ何かをやり遂げることで一日を無駄にしなかったという、これも自己満足的達成感が味わえます。ボーッと過ごすのは罪悪であるかのように、忙しくしていた日々。とどのつまりは、がんの不安の黒い固まりに付け入る隙を与えないよう、自己防衛していたのでしょう。

 でも、私は自著「がん患者に贈る87の勇気」の中でこう書いているのです。
「真にがんを克服して生きるとは、人を驚かすような偉業をすることではなかった。淡々と力まずに生活を続けていくことなのだ。そんな人たちが日本全国あちこちに大勢いることを私は知っている。みんな本当に偉いと思う。五年たてば十年たてばと指折り数えていた自分が恥ずかしくなっている。克服は歳月ではなく、心の持ちようだったのである」

 名文ですねえ。「われながら惚れ惚れする」なあーんて言っていいのでしょうか。この本は草思社から1987年に初版発行。見開き2ページで一章仕上げ。全部で87章になったので、こんな題名にしたのでした。その前年に「毎日新聞」に週一回連載されたものに追加して一冊にしてもらったという経緯。それが、寛大なる出版社のおかげで、なんと未だに絶版にならず、少しずつですが、刷りを重ねているのです。これこそ「人を驚かすような偉業」ではない?

 若いときに書きましたから、筆に力が入っていて、文章が音を立てて迫ってくる。自分でいうのもなんなのですが「小気味よい」のであります。まだのかた、是非ご一読くださいませ。なんて、自己宣伝の(その2)になりましたが、要は「時を抱きしめて生きる」のですが、かといって、焦りと混乱と葛藤の日々が過ぎたら、静かに悟って、今度は自分をやさしく抱きしめてあげてほしいのです。

 そして「そんなにがんばらなくてもいい、淡々と力まずに生活を続けていけばいいのだ」と心に言って聞かせてほしいのです。錘をつけて生きる日々と錘を外して生きる日々があって、それが長い人生を生きつなぐということなのですよね。

(私は明日から2週間タイに行って孫の守をしてきます。連載お休みか?未定です)

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