そもそも事の起こりは一台の車、車を月レンタルで借りてしまったことにある。車を持っても保険をかけないと運転開始できない、車がないと保険申請はできない、で借りて保険が降りるまで10日間、車庫に眠ったまま過ぎて、その間、無駄なレンタル料が消えていった。晴れて保険が降りた日から夫は乗せてもらいたくてうずうずしている。ところが肝心の運転手の心の準備ができていなかった。息子はアメリカでの運転経験しかなく、ハンドルも逆、車線も反対側、しかもオートマしか運転したことがない。娘はギア運転には慣れているのだが、この国で運転する運転許可証がないので申請中、という準備不足。

 なら、なぜ高いお金で借りたのか。子供たちに言わせるとダディが車車とうるさく言うから、車椅子対応車をようやく探したんだ(運転できると思ったんだ)。あの日、夫が「お金の無駄だ」と言った瞬間、息子は怒って飛び出して車を動かそうとした。それを知った娘はさらに怒って、怒って運転するのが一番危険なのよ、と叫んで息子のあとを追って家を飛び出した。夫は困惑してやりきれない情けない顔をしている。私はどっちの肩を持つべきか、とりあえず2対2でないとかわいそうなので夫の肩を黙ってなでていた。

 実にお金の無駄には違いないけど、考えてみれば、夫の発病以来、すべてが無駄づくし。このマンションだってくそ高い家賃を払っているが、当初6ヶ月と言われていた寿命が伸びて、再度6ヶ月の家賃をまとめ払いする破目になった。何より娘も息子も人生花盛りであるはずの1年365日(になるだろう)を父親の世話のために費やしている。持ち上げたり、運動させたり、お尻の始末をしたり、スプーンで食べさせたり、散歩に連れて出たり、日がな一日、自分の時間はほとんどない。この子たちを置くところに置けば、世の中にもっと知的で有意義な貢献をしていたのではないかと思うと、これこそ大きな無駄だろう。

 私の体力だってもう限界を越えている。今年になって4回もイギリス往復していて、この27日に帰国するが、10月23日にはまた戻って11月15日に日本へ帰るチケットを既に買ってある。18日に仙台で用事があるからだが、年末は12月3日に札幌に行かなければならないので、それまで日本滞在で、4日にはまたイギリスへ戻る予定。娘はこの時期がヤマなので、1ヶ月より長くいてほしいという。私は夫がそれまで持たないと踏んでいる。

 飛行機代も目に上がるが、それよりお金で買えない体力が惜しい。もともとないのだから。特に今回はメードのピペがいなくなった分、私にまで皺寄せが来て、日中、疲れても横になる暇はない。主に買出し、料理、洗濯、後片付け、これを3食、大人4人分。それと公園に散歩に行くだけでも支度があって、それが結構体力消耗。車椅子用の重いランプを外出の都度運び出して、マンション出口のドアの上下の鍵を外したり掛けたり、またランプを仕舞って、帰るとまた運び出してドアの鍵を外して掛けてランプを仕舞って・・・

 息子は今日も運転練習をする気配がないが、またあの飛び出し惨事になると怖いのでクルマは禁句になっている。レンタル料よほど高いらしく私が聞いても誰も教えない。確かに無駄だけど、人生なんて病気でなくても無駄だらけ、もうどうでもよくなった。

バナー広告

とどくすり

共同文化社

コム・クエスト