23日、風邪。のどが痛くて声が出なくなった。着いて二晩目に、ソファで寝てしまって(というのもベッドが足りない、布団がない)、寒気がしていたのがやはりこういう結果になってしまった。それでせっかく始めた朝の公園行きは一回で中断、どうせ今朝はお天気が悪い。娘たちが抜けたので今はベッドと平和があるのだが、二人が帰ってきたら、また昔のアパートへ寝に帰って通いの賄婦になるだろう。昨年通ったあの道、この時節、色とりどりの花が咲いている。同じ花が同じ庭の同じ木に咲いて、季節はめぐりめぐる。

 もはや目新しく書き連ねることもなくなった。テレビドラマならこの辺りで、病人が死んで、ストーリーも終焉となるところだが、現実はそうではないので、だらだらと書いている。病人は今、私と背中合わせで、足を交互に踏みこむ機械運動をしている。モーターで動くので、踏んでいるのか、足を乗せているだけか、いずれにしても力は要らない。1年も使ってない太ももの裏の筋肉がだらりんと落ちてしまったのを、着替えのときに見た。ほんの2年前までは大またで世界を闊歩していた両の足、今や体にぶら下がっているだけ。

 ヘルパーのレギュラーが今4人。ナイジェリア人のジョセフ31歳、かつらで背の低いピース、それとジェニース(ジャマイカ人)、夜勤はロンキー(見上げるような大女)、男1女3でシフトを組んでいる。以前いたマーティンという黒人は息子が怒ってやめてもらったという。彼は憂鬱で暗くて気が利かなかったから。黒くて暗いのは、ちょっと考えてしまう。夫の真白い手を持ってマッサージしている真っ黒い手指を見ると、ぎょっとするが、病人を心底、気の毒に思ってケアしてくれる人たち。なんとありがたいことだろう。

 ジェニースは風邪で寝ていた私に熱い紅茶を作ってベッドまで持ってきてくれた。私はいつも他人のために気を使ってあれこれするタイプなので、たまに他人からこんな親切をされると当惑してしまう、が、もちろんうれしい。私の名前を覚えられなくて、タキオタキオと呼ぶ。まあ何でもいいから、わざわざ訂正はしないけど、おかしくて口を押さえている。蝶々夫人を思い出した。子守さんの名前が確かフジイとかじゃなかったかしら。

 ピースの夫はナイジェリアで4歳の娘と生活していて、イギリスで一緒に住みたいのにビザが降りないので来れない。自分は英国籍を取得したいが、今は条件が厳しくなって、面接試験(36ポンド、かなりの難関)、受かっても500ポンド必要。以前は申請用紙を出せば楽に降りたのに、今はテロを恐れているのだ、とぼやいている。でも500ポンドは10数万円、それで国籍がもらえるなら安い。私も今回、税関でいつものように「夫の看病で」と入国の理由を述べたら、次回から‘夫婦ビザ’を取得して来るべし、と怖い顔で言われてしまった。この年齢でこの貫禄だから、頻繁に出入国している密輸団のボスに見えたか。   

 午後から忙しく台所で働いている。あのキャロリンが来てくれるので、ジャパニーズ・ハンバーガーを作って、付け野菜はインゲンの胡麻和え(私のインゲンはなぜか胡麻がうまくなじまない)、ポテトサラダ、それに、わかめの味噌汁。風邪で辛いのに、私はまた人の食べ物を作っている。何を隠そう、本当は一杯飲み屋のおかみにもなりたかったのよ。