筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、amyotrophic lateral sclerosis、ALS)とは、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン(神経)病の一種。きわめて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する場合がある。有効な治療法は確立されていない。有名な患者ルー・ゲーリッグから、ルー・ゲーリッグ病 (Lou Gehrig’s disease) とも呼ばれる。年間発症率は10万に約二人、推定患者数7000。40代から60代の男性に多く、女性はその半数。
 ALSのおさらいをすると、こんなややこしい疾病。家の病人も朝起きたときなど、胸の上に組んだ両の手は蝋人形のように固まったまま。ベッドの上で横向きにして、パンツを上げたりするとき、片足首をもう片足首の上に組ませて倒す。その足は棒のよう。血流が悪いせいか、足首下は紫色でどす黒く不気味色。息子が3日に一度、あの粘度湯に入れて足浴させると、信じられない現象で、足が白くなってあったかくなる。娘と私とかつては馬鹿にしていたのを今は悔いて、息子の執念に惜しみない声援を送り、敬意を表している。

 この執念だが、私が3人の中で一番執念深いと思っていたが、私の執念はただ人を恨んだりするときの執念深さだと最近気がついた。執念はいい意味では「辛抱強い」「信じるところを貫き通す」と言う意味になる。前者、辛抱強いのは娘、息子は後者。娘の辛抱強さは病人と接しているときもよくわかる。病人はもう数ヶ月、口が聞けないので、何か言いたくても言えない。かつては右太ももの上に右指でスペルをなぞっていたが、指が動かなくなって手全体をのろのろ動かす。その動きをキャッチしてアルファベットを推量する。

 解読不能。書くほうもイライラだが、読むほうもそれ以上にイライラして、私はいつも、どうでもいい、わかったわよ、と逃げ出してしまう。娘はそうはしない。AなのB なの、とわかるまで聞いてあげる。夕べは病人が私の顔を見て、何か書き出した。もういいから、というのを娘が辛抱強く文章にすると「長い年月のたくさんのハッピネスをありがとう」と言っている。そんなわかりきったこと、あらためて言うこともないのにと思いつつも、病人だってたまにはちゃんとした意思表示をしたいのだ、と同情する。娘の粘り勝ち。

 息子は発病当時から1年半に亘り、ずっと自薦サプリメントを朝夕叩き潰して食事に混ぜて食べさせるのと、夕食後には例の中国の高山から取り寄せた黒ヤニ茶を作って飲ませる。これが固体(今思い出したが、あの梅干しを練った真っ黒いねっちりした物体、あれに似ている)を熱湯で押し潰して、それをドロドロさせて、スプーンで食べさせる。そして、運動。就寝前にまず娘が歯の掃除、口の中を覗き込んで歯間ブラシできれいにして電気歯ブラシで仕上げ。次にホイストで吊り上げてトイレ用イスに座らせて、用足しの儀。

 終わると丁寧にお尻を拭いて、ベッドイン。顔や体を蒸しタオルで拭いて、オシッコ管を着けて、娘が30分、足を上げたり腕を伸ばしたり、スローストレッチ体操を施すと、息子が代わってやや激しい運動を続ける。痛がって悲鳴を上げるのだが、容赦しない。一日でも休むと動かなくなると毎晩繰り返している。私は小声で、お先に、と寝てしまう。いい意味で執念深い子供たちだが、先を思えばこんな日常でいいはずはない。私の気は重い。