いよいよ帰国日が迫ってきた。8月1日ANA19:35発、翌日15:10成田着。いつも同じ便で往復している。HISの方が安いのだが、間際までエアラインが不明なのと席の予約が出来ない。4人席の中に座って窮屈で懲りたので、以来、少し払っても窓側か通路側と決めている。それと、エアラインを統一すればマイルも貯まる。昨年数回ロンドン往復、中に会議のために招待ビジネスクラスもあったので、突如プラチナ会員に昇格、チェックインがファーストクラスカウンターで出来て、気分はすっかり成金ママ。ラウンジへも行ける。そこでは熱々のてんぷらうどんが待っている。

 しかし、この身分保証は一年限定、今年の飛行状況だとプラチナ条件に満たないので、来年から平民扱いに戻される暗い見通し。人間、特別待遇に馴れるとうまみが忘れられない。ラウンジへ直行すれば、空港でぶらぶら、時間潰しの買い物もしないで済むのも特典。でもヒースローのラウンジにはうどんやいなり寿司がなくてつまらないばかりか、突然、そこはジャパン。ジャパニーズビジネスマンがいっぱいいて、オトコのくせにべちゃくちゃ喋ってうるさくて閉口する。でも日本の新聞と週刊誌をむさぼり読む楽しみがある。

 娘が昨日の朝起きてくるや「考えてみるとあと3日でマミーいなくなるのよねー、どうしよう」と嘆いて見せる。今回は引越しが9月半ばと決まっているので、大変さを想像して、かわいそうになってくる。いい大人が二人いるんだから、私はいなくてもと思いつつも、母はいつも鬼に金棒的存在。でも私は取り越し苦労性なので、引越しは神経が参ってキライ。何日も前から夜中にあれこれ考えて、何もしない内に頭が疲れ果てる。世の中、なるようにしかならないんだから、と人には言うのに自分のことになると案じてばかり。

 ここの家賃はバカ高い。が、ロンドンは今何でも異常高、不動産はその最たるもの。当初、夫の命を6ヶ月と区切られたから借りたこのフラット、ずるずると一年半も居ついてしまった。もう払い切れないので退散する。ただ、車椅子で入れるフラットはなかなかない。すぐに絶望して、私が日本で稼ぐから、などと全く当てにならないことを言い出す私。

 そこは簡単にギブアップしない娘、ネットで飽くなき探求、妥当なフラットを探し出し、下見してきて、みなに発表した。見た目はぐんと劣るが、家賃が一晩2万以下になるのは確か。お金がいくらでもほしい。息子が仕事をまじめに探し始めた。娘が郊外は安いし空気もいいので視野に入れていると言ったとき、空気がいいところなんかに移れば、余計長生きしてしまうから、やめてくれ、と頼んだ私はこれでも正妻。空気が悪くても、この様子だと長丁場になる。腹をくくって、この国にでんと腰を落ち着けて住むしかないだろう。

 歩道で自転車にぶつけられ、足を痛めて、人生が180度狂ってしまった人を知っている。この家は家長の難病発病のせいで、子供達の人生が狂ってしまった。でも逆らわないで流れに乗るしかない。漱石の「智に働けば角がたつ。情に棹させば流される」が思い浮かぶ。高校時代「心」を何度も読んで、先生の遺書の書き出し「この手紙が貴方の手に落ちる頃には私はもう此世にはいないでせう」に憧れて、自殺を真剣に考えた、あの純心が懐かしい。