日本では忙しかった。「ニュースレター117」を完成させて全国3000人会員に発送した。(昨年度から独立した支部があり、会員数は減っているが、ネットワーク全体では4500を超えている)「1月半ばにはお届けします」と予告したのが、実際は2月2週目になってしまった。みなが今か今かと待ち焦がれて、中には自分にだけ届いていないのではないか、と問い合わせてきた人もいた。こちらに札幌の印刷屋からPDFで送ってもらって、校正して仕上げるつもりが、PDFでは画面をいじれないので、イライラして諦めた末の遅延だった。

 1月25日から2泊で沖縄行き、4人の若い先生がたの講演の司会という仕事だったが、最初に親しみを込めてご挨拶して、最後はいかに感動的にまとめあげるか。司会は会場の雰囲気作り役なので簡単ではない。「ゴーヤチャンプル大好き、夏川りみのCDをロンドンでいつも聴いています、りんけんバンドも東京で観に行ったのよ」なんて、私がいかに沖縄大好きかをアッピールする。これも礼儀のうち。私は行く土地のみなさんにその土地の素晴らしさを強調して、あなたがたはとてもラッキーなのよ、と言うことにしている。

 外国でのスピーチ、イタリア、シンガポール、台湾、韓国の4回だけだが、おはよう、こんにちは、をその国の言葉でにわか覚えをして、皮切りにそれを言う。イタリアではホテルの掃除おばさんに廊下で教わって「シニョーレ・シニョーラ、ボンジョルノ」を小声で反復しながら会場まで歩いた。昨年、韓国でも「アンニョハセヨ」で始めて「カムサハムニダ」で閉めた。その二つしか知らないのにね。沖縄では会場へ行くタクシーの中で運転手さんに教わって必死で覚えて行った。これが私流の聴衆の心に一挙に入り込む戦法。

 2月17日には浜松の渡辺先生に招待されての講演会。前夜現地入り、世界一おいしい鰻をご馳走になった。世界一かどうか、ともかく夢に見た浜松鰻を食して、この世に思い残す事が一つ減った。いい講演をしたいと本心願っていたので、4,5日前から思考を集中して、話を構築した。1時間の講演全文を一字一句、前もって紙に書くなんて私にはできないので、項目を書き出して、内容を膨らませ、順序を決める。会場に向かう新幹線や飛行機の中で(尻に火が付いた状況下で)全体をぎゅっと締め上げる。これも経験、特殊技術。

 今年は創立30周年記念の年なので、年間スケジュールも決めなければならなかった。節目はいつも遠藤郁子さんのピアノ。みなで感謝の気持ちを分かち合うお祝いの日にしたいので、まずはどこで、いつ。札幌が支部誕生20周年で、既に5月31日と日にちが決まっていたところに、こっちが乗っけてもらって合同大会にした。次いで、京都が7月5日、熊本が9月15日、最後は10月12日の東京、朝日ホール。京都は最初にできた支部、熊本は最初に病院訪問ボランティアを定着させたご苦労をねぎらって、決めた。全部で4会場。

 この案内も出る前に作ってきた。今度こそは私がここにいる間に完成されて発送される運びになっている。全国の会員に一日も早く予告して、カレンダーに○を付けておいてもらわなければ。忙しい一年が音を立てて始まった。30年を振り返り、私しか知らないエピソードを一つ一つ書き出したいとも考えている。レンギョウの黄色がまぶしく光っている。

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