こちらに来て、時差がまず問題、次いでプライバシィのない環境。夕べは11時に、もう立っていられないくらいの眠さで寝入ったのに2時に目覚める。ソファに仮寝していた息子をベッドに移動させ、それからテレビ(アガサクリスティの豪華客船殺人事件)を「くだらんつまらん」とぶつくさ言いながら部分的に見て、いよいよのデパスタイム。3時に飲んで寝なおすと、5時にお目覚め。昼間、体と頭がボワーッとなって時計を見ると、それは15時、日本の夜中の12時なのだ。かくして体はいつまでも現地時間に抵抗している。
次いでのプライバシィだが、昨日のように週末になると、夫、私、子ども二人、孫一人、そこへ終日ヘルパーが一人、朝の1時間だけ病人をベッドから起こす儀式のためにあと一人のヘルパー、それで合計7人が一つ屋根の下、まさにラッシュアワーだ。身を隠すところがないだけでなく、座っていても落ち着かない。しかし、こうしてヘルパーを注ぎ込んでくれる英国政府の温情に感謝しこそすれ、多すぎるなどと文句言えば罰が当たる。夜も週3日だが、ヘレンが7時から10時まで来て、食事とベッドインを手伝ってくれる。
日本でまるきり一人の生活に慣れているから、この集団生活は苦痛だ。昼間どこへでも出かけて、外気を吸ってくればいいのに、何しろ体がぼやけているのでシャキッと決断できない。行動人間を自負していた私、家の中でだらだらしているうちにイギリスはすぐに暗くなって、夕方4時。ますます出かける気を失って、唯一、実力発揮できるキッチンで夕食の支度開始。これだもの、私はいつ知的活動をすればいいのか、出来ません。実は今回は日本から本作りの宿題を持参している。それなのにまだ一度も封筒から出していない。
苦情ばかり書き連ねるが、忘れかけていた右肩痛がまた始まった。理由がわかった。キッチンの流し台が高すぎる。ガイジンがハイヒールを履いて働く高さに日本人が素足で挑戦、まな板の上でものを切るときに右肩を持ち上げる格好になる。おまけに包丁も切れないのでたまねぎを刻むときなど肩に負担がかかるのがわかる。それから、パソコンを置いている大机も高すぎる。調整できるのだが、机が重いのと、上にわんさか物が置いてあって、誰かに頼むのも気が引けている。よって、今も両肩が上げ気味の形で書いている。
病人が、日に数回、足を思い切り突っぱねて苦痛を訴える。車椅子からずり落ちそうになるのでハラハラものだ。オシッコが出にくくて、それが歯がゆいらしい。先日ドクターが往診してくれて、サンプルを持ち帰ったので、報告を待っているが3日経っても何も言ってこない。催促すればいいのか。この国の医療はただの代わりにスローなのだ。抗生物質は日に3回イロウから注入している。ドクターは女医さんだったが、怖いくらいはっきりと病人に聞いた。「もう死んだ方がいいと思う?」「家族との生活に満足している?」
家族との生活に満足していて、生きていたい、と答えてくれた。イエス、ノーだけの答え方だがら、それに仔細は付けられない。「生活」「生きている」の質問が空しい。夕べも、娘がたまには人の中へ連れ出さなければ、と連れ出したのに途中で気分が悪くなり戻ってきた。無理だったのだろう。どこまでが病人なのか、わからないまま、丸3年が過ぎた。