とにかくイライラして気が狂いそうだ。バンコックへきて、難病患者の世話を始めて、10日しか過ぎていないというのに、無性に腹が立って、だれかれにともなく当たり散らしている。いつもなら最長で10日くらいの滞在なので日が過ぎるのがもったいないのだが、今回は一日一日が長くて、ようやく10日経ったという感じ。夫や娘のために何でもする、何でも我慢して決して怒らない、と殊勝な覚悟をして出てきたつもりなのに、こらえ性のない私はもう我慢の限界、デリケートな神経が引っ千切れそうになっている。

 もともと私はすばらしくわがままで自分勝手人間。自己愛が強く自己中心的。いやなことはしない。無意味なこともしない。それだけでなく、私から見て無意味に見えることをしている人を相手にしたくない。100%徹底して自分勝手、妥協はしない。「妥協」は私の辞書にない文字の一つで、妥協しないことこそが自分の人生を生きることなのよ、と人々に伝道している。

 そんな私が、今、朝起きると夫のおしっこボトルを空にして、出かけるときは、靴下とズボンと靴をはかせ靴紐を縛ってあげて、移動のたびに付いて歩き、のろい動作を辛抱強く待って待って待って、病院へ行けば待合室で半日近く座って待つ。待つなんて、気が短かくて、ぱぱっといつも何かに挑んでいなければ満足しない私にとっては、無駄で無意味で非建設的、少しもクリエーティブでない。

 こんなことは全部いやでいやでたまらない。しかし、これはまだ序の口で、今におしっこを直接取ったり、口にものを運んで食べさせてあげたり、寝たきりの体を拭いてあげたりするのかしら。なんと屈辱的。寝たきり老人を介護している世の中の人はえらい。私にはとてもできない。いつ死ぬかわからないのだから、といわれてもできることとできないことがある。

 今でもすでに自分の思うようにならないと時に声を荒げたりする。ただ、もともとがインテリで人格者なので、すぐに反省して、謝るのだが、私は腹の中で、病人だからといって威張らないでよ、といってやる。

 先日、娘と一緒に夫を歯医者に連れて行ったとき、娘に頼まれてタクシーで一人先に家に帰った。いや、帰ろうとした。道は知っていたつもりなのに、右へ曲がる角を左に曲がってしまったらしく、どこを走っているか、さっぱりわからなくなった。運転手はタイ語で何か言って軽く笑っているが、笑っている場合か。こちらの言うことも彼には通じない。なのに、どんどん走り続けて、どうなるのかと焦っていると、はじめにそのタクシーを拾った地点に舞い戻った。摩訶不思議。

 それで、娘と夫がまだ残っていた歯医者のビルに飛び込んで、大声で叫んでやった。「こんな国はもういやよ。何で私が一人で家に帰れるのよ」(タイのばか運転手なんて真っ平ごめんよ)(大体、不治の病を宣告された人が何でいまさら歯を治したりする必要があるのよ)自分の思い通りにいかなかったことが悔しくて、こんな鬼のような文句が私の頭をよぎる。

 この家にはパソコンが一つ。(夫は自分のノートパソコンを持っている)それを今回日本語対応にしてくれたところまでいいのだが、私が使いたいときには誰かが使っているか、いざ始めようとすると、病人が動き出すか、食事の支度を始める時間になってしまうとか、書きたいことがあってもぱっと書けない。それだって、腹が立つ。

 夕べはきゅうりを薄切り道具で切っていて、右の中指の皮を削ってしまった。くそ、血は出るしヒリヒリと痛んで継続できない。こんなときに限って何でなのよ、サラダを作ってしまいたかったのに。腹が立つ。

 タクシーに乗ったなら、スイスイと目的地に着くのが私の人生であって、遠回りをしてまた出発点に戻って出直すなんて許容できない屈辱。一事が万事、腹が立ってしょうがない。それで娘に思い切り当たっている。娘は夫の血を9割がた受け継いでいるので、極めてよい性格。めったに怒ったりしない。少しは怒ればいいのに、といって、怒らない娘を怒っている私。

バナー広告

コム・クエスト

共同文化社

とどくすり