東京に30度を越す真夏日が40日も続いた2004年狂夏。日本国民が揃ってアテネオリンピック速報に一喜一憂の喧騒の中にいる。そんな喧騒をよそに、私の大好きな会員一人がひっそりと病と死闘している。「死闘」とは死ぬほどに必死で闘う、の意味だが、彼女が死神と闘っている様子を見たら、ひょっとして、死闘とは「死と闘うこと」をいうのではないかと思えてきた。

 死神が乗り移ってしまったのだろうか、笑い顔がすっかり消えて、凍ったような力のない無表情。痛み止めが常時からだを流れて痛みをコントロールしているという。時に意識はしっかりしているのだが、またしては、うとうとと寝入ってしまう。足首がすっかりむくんでいるので、揉んだりさすったり撫でたりして。なんてことはない、彼女に触れていたいので、触れてもよさそうな部分に触れているのだが。

 私が知り合った23年前には既に着る洋服はオール黒、と決めて、黒っぽいものしか着なかった。上から下まで、いつも黒。冗談に「あなたはいつでもお葬式にいけるわね」と笑ったものだった。でもその分、真紅やシルバーのマニキュアをつけ、大胆なアクセサリーをつけて、個性的おしゃれのうまい人、似合う人だった。
 
 それが、何と言うことか、今、本物の病人になってしまって車イスでしか動けなくなったなんて。おねがいよ、もう一度、立って歩いて、前に一緒にリンケンバンドを聴いた中野サンプラザへでも行きましょうよ。あの時二人ともオバサンなのに立ち上がって、場内の若者と同じようにバンバン手を叩いて、体をゆさぶって、声がかれるまで、なんだか歌を歌ったわね。

 いとしき友よ、同胞よ。あなたは今最後の力を振り絞って、この世にしがみついている。あなたを慕うすべての人がその手をしっかと抑えて離すまいとしている。
それなのに、繋がれた手を無理矢理、離そうとする病魔。主治医は「あとは奇跡」と言ったそう。奇跡は起きるのでしょうか。起きるなら、今すぐ起きて。

 このお盆休みに、私にとって最後のお別れになるかもしれない、と心に決めてお見舞いに行ったのでした。でも私の顔を見るや「絶対、退院して、遊びに行くんだ」と言うあなたに、別れのセリフが言い出せなくなってしまったじゃない。
「あなたに知り合えて私は幸せだったわ、思い出たくさんありがとう、あけぼの会のために尽くしてくれて本当にありがとう、あなたのことは忘れない」
とそこまでいえば、声が詰まって私のほうが泣き出してしまうに決まっている。それを、あなたに慰めてもらいたかったのに、そんな虫のよい甘えた筋書きは通用しなかった。それで仕方なく、心の中で「さよなら」を言って、軽く握手して帰って来ちゃった。

 「会長、会長はえらいよ」とお酒を飲むたび、私をほめてくれたあの人がもうじきいなくなる。もう一度会いに行って、足をさすって、手を握って来たい気持ちでいっぱいなのだけど、それも切りがないし、あとは、ご主人と3人の娘さんの手に彼女を全部渡してあげるべきなので、私はもう行かない。人はどんな風に人と永劫の別れをすればいいのだろうか。

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