42歳。子供が二人いて、下の子はまだ6歳、術後4ヶ月目。首の周りに不気味な痛みを感じるけど、実はこれと同じ痛みをシコリ発見のときに感じた、それで、再発ではないか、と心配でたまらない――という電話。4ヶ月で再発はないでしょ、と聞いていくうちに、結局、今の精神的不安の持って行き場がないことだった。誰もが通る最初の関門、がん再発恐怖症から抜け出せなくなっているのです。

 自分でもしっかりしなければとは思うのだけど、落ち込んで這い上がれない。家の中だけに閉じこもっていないで、と出かけてみるのだが、人ごみに揉まれて却って疲れてしまう。どうしていいのかわからない。無力感しかなくて、それがまた嫌で、自己嫌悪に陥る。夜もよく眠れない。安定剤をもらってはいるが、癖になるのが怖くて、なるべくのまないようにしている。

 この電話を聞きながら、私はちょっとうれしくなっていました。不謹慎なのですが、最近このような悩みの相談があまり入ってこなくなっていて、みんなどうしているのか、と不思議に思っていたからなのです。この人はがん患者の正道を行っている、と私は思ったのです。的確なアドバイスをしてあげなければ、と力が入りました。

 ところが、この人の落ち込みの原因はただの「がん再発恐怖症」ではなくて、最近の「なんでも患者に告げる傾向」による被害者であることがわかって、腹が立ってきました。医者が患者に、すべてありのままを伝えることが、時に、患者の闘病意欲をなくしてしまう、まさにその見本なのです。

 「腋の下のリンパを19個取って検査した結果、その全部にがんが転移しています。ホルモン感受性がマイナスなのでホルモン治療に効果が望めません。抗がん剤を8クールして、そのあとに放射線をします。しかし、再発しない保証はありません」とまあ、こんなふうに断言したそうなのです。 これだけ聞かされたら患者は立ち上がれない。 無慈悲すぎる。もう少し加減して告げても支障はないと思われるのに。

 でも彼女のご主人は優しく「医者がそれだけ言うのは治る可能性があるからで、治らないならそこまで言わないのではないか」と彼女を励ましてくれたそうです。でもですね、ご主人、今頃の医者の中には事実のすべてを告げることを当然として、患者の心を慮ったりはしない人がいくらでもいて、嘆かわしいのですよ。

 彼女を上手に励ますにはどう言えばいいか、この道28年の私も悩んでしまった。

「とにかく、先生は治療方針を決めているので、それに従って治療を受けることね。抗がん剤が劇的に効く場合もあるみたいよ。あと、精神的な支えだけど、あなたは今、どこにも掴まるとこがないような、身も心も宙に浮いた感じでしょう。不安で不安で気がおかしくなりそうなのよね、よくわかるのよ。でもあなたには子供さんがいるじゃない、子供のために頑張るって決めてみない?そして、その決意に縋り付けばいいと思うのだけど。手始めにね、好きなCDかけて、コーヒー沸かして飲んで、そして深呼吸して、そして、もしまた電話したかったら、電話して、ね」