お正月からお客があった。日本だと、元日に人を訪ねるのは、という無言の掟があるが、こちらにはそんな掟はないらしい。にぎやかな息子がいなくて病人がいて、元日といってもしんみりしてさびしくなるところだったので、大いに歓迎、どうぞ来てください、ディナーを進ぜましょう、となった。また料理人の出番、31日、いつものスーパーマーケットへ。混んでいるだけでなく、品物が消えて、一部の棚はからっぽ。またカートをぶっつけ合いながら、急げ急げ。「パパ、あれ探してきてよ」なんて日本語が店内に聞こえている。

 定番のトンカツ。さやえんどうに胡麻和えの素をからめてオードブル、きゅうりの単純塩もみ、それにホタテ入り野菜炒め。ピータ(デイニッシュクラブのランチに招待してくれた人)とご主人、この二人を結びつけたのは夫なんだそう、だから長い長いお付き合い。夫を心底愛してくれ、病気を知ったとき涙を流して泣いてくれた人たち。おいしいおいしいと食べながら、突如、ピータが「胡麻和えの味とトンカツソースをどうやって作ったのか教えて。「いやね、素はパックに入って、ソースはビンに入って売っている」と白状した。
 ホタテは昨年12月に札幌へ行った時、会員の常田京子さんを西区のお宅に見舞って、そのときご主人が持たせてくれたお土産の一つ。ご主人、あのホタテがロンドンで生きていますよ、ありがとう。おつまみ用なのだけど、ほぐして炒め物に入れた、この機転が秘訣。食後、誰からともなく映画の話が出てきて盛り上がった。これには喋れない夫も参加、ウインチェスター時代、演劇部に属していた二人の夫たちは一緒によく映画や芝居を見に行ったらしい。 めいめいが自分の一番好きな映画の題を言うことになった。 夫は「第三の男」。

 映画は(芸術は、というべき)国境を越えて共通の話題だとつくづく思った。彼らも私がこれだけ古い外国映画を見ていたとは思わなかったらしく驚いていた。ルキノ・ビスコンティでも「死刑台のエレベーター」でも話題に登った映画は大体見ていたから。それで今度は是非映画を一緒に見に行こう、ということに決まった。ところで、映画好きのどなたか、私、何が好きかって、ロバート・ミッチャムの歩くうしろ姿なんですが、どなたか共感してくれる人いませんか。ジョン・ウエインのに似ていて、でもちょっと違う。

 今回日本の1ヶ月はニュースレター作りに全神経を注いで、一応原稿40ページ分印刷屋に入れてきた。こっちへPDFで送ってもらって校正を済ませ、私がまだ帰国しないうちに完成して発送する手順まで決めてきた。ところが、全ページをPDFで校正する作業に慣れていないので、イライラ性の私はとてもやっていられない。縁あって、札幌の印刷屋さんにお願いしているが、校正の段階になると電話で何度もやり取りする。まあ、やり取りといっても、主に私が怒りつけて「何回言えばわかるのよお」と叫んでいるのだが。
 これが思い通りに行かないので、毎日が不幸せなのだ。でも印刷物は残るもの、満足いくものに仕上げなければ。それで結局あんなにあわてて、根詰めて、仕込んできた原稿は印刷屋にお預けで、私の帰国を待って作業再開と決めた。イギリスと札幌で仕事なんて格好いいと内心得意だったんだけど、あっさり諦めた。急いては事を仕損じる、だものね。