今日は正月5日。日本のみなさん、仕事始めですね、心配かけてすみません。驚愕的生命力でまだ息をしています。しかし、昨夜1時半、痰が引っかかったとか、ナースが取ってくれたあとも同じ呼吸が続いたらしく、12時過ぎに息子にバトンタッチして帰って寝たばかりの娘がケータイでひそひそと、また戻ろうか、と聞いているのを息を止めて盗聴した私は眠れなくなった。幸い、間もなく普通に戻ったというので、デパスにハルシを半分追加してようやく寝た。いよいよ痰のお出まし。痰が詰まって死んだ、と聞くものね。

 昨4日、酸素マスクを外して自呼吸でいけるか観察、イエスOK.。シュガー(血糖値)、ソディアム(ナトリウム)、の次はカリウム(英語でPotassium)の数値が問題らしい。人間の死は心肺停止による、と大雑把にしか考えていなかったが、化学記号のバランスが崩れてそこへ至るのだと、ここに来てわかった。何を隠そう、私は高校時代、化学と物理は赤点で、答えを全部丸暗記してやっと卒業試験パスしたという反理科系。医学は科学とわかっていたが、医学は化学でもあったんだ。やはり、医者は神様、それだけで絶対に勝てない。

 結局、緊急入院した時、あの医師がうっすらと言った一言が正しかった。「コーマが始まっている」私は「えっ、コーマって昏睡?まさか、まだでしょ」と内心、反発していた。昏睡とは完全意識喪失でゴーゴーと鼾をかくのかと思っていた。半分無意識です、と告げていたので、彼は正しかったことが今になってわかる。目を開けずに寝てばかりいるように見えたのは意識朦朧だったのだ。脱水症と高血糖で脳にも影響が及び始めていた。今、最悪の危機を脱したかに見える患者の脳機能は少しでも回復するのか、わかっていない。

 その朦朧患者の両耳にイヤホンを入れて24時間ミュージックを流している。息子のやること。日本ではこわーいナース長が「あんた、なにやってんですか」と、引きむしって捨ててしまいそう。こちらはすべからく鷹揚、見ても何も言わない。大勢に影響ないことは大目に見る文化、これは日本人が見習いたいところ。28日からの入院、31日の退院予定を大幅に過ぎて、あれこれ検査、点滴数種、経過観察。病院は長居が困るみたい。ただ、容態が把握できなければ追い出せないだろうと息子が言うので、そうよね、と頷いている。

 ロイヤルフリー病院へはバスで乗り換えなし、10位の停留所を経て20分で辿り着く。バス代は新年から上がって、片道1ポンド。ただしオイスターカード(地下鉄バス共用)使用者運賃。現金だとダブル。だんだん現地人みたいな雰囲気でバス通勤している。内心は、これだってストレスよね、ホントによくやるわ、と自分で慰めている。今は子供たちに日替わり差し入れを持っていって、無理やり喜んでもらうのが楽しみになっている。エキサイティングメニューを考案するのが私の得意だから。病人も管で終日栄養補給を始めた。

 どうなるのか、私の7日帰国はまず諦める。6日にANAに電話を入れてキャンセルして、そのあとのことはまた考えるしかない。それよりお葬式のことなど考えなくてもいいのだろうか。子供たちには言い出せない。今朝、こちらも雪がひらひら舞っていたが、雨に代わって今は雨も止んだ。これから支度をして、病人へ向かいまする。外は寒い心も寒い。