もう会えないあなたを偲んで
(撮影:前田こずえ 2024年6月逝去)

全国のみなさん、猛暑お見舞い!

💜27日、岐阜駅を出ると目の前に大きく「38度」の電光掲示。私は今年初めてのこの気温、講演の始まりについ「クソ暑い」って言ってしまった。最高の適格表現。翌28日の福岡も負けておらず、堂々の38度、こうなるとヤケクソ。極め付きは、羽田空港、29日。バスに乗ったら運転手に外から「羽田は39度だって」と言うのが聞こえた。連日「危険な暑さ」の中を潜り抜けて、講演会2か所をクリア、無事帰宅、今でも信じられない。

💜乳がんではなく、熱中症に殺される。でも、二つの会場にはちゃんと人々が集まっていた。私の挨拶講演と、先生方3人が講演をされるのだが、がんの話は往々にして難しい。

3人の講演を休憩なく続けるので、聴いている患者は疲れ果ててしまう。主催者は雰囲気を見て、臨機応変に休みを入れるとか、メリハリを付けて、みなの疲れを癒すことを考えるべきだ。ドクターのためではなく、患者のための講演会であるのを忘れてはいけない。

💜講師先生は患者がわかることをわかるように話すことが前提だと思うのだが、これも往々にして、学会発表延長のようなのが多い。大体、よい講演とは自分の話をみなが興味を持って聴いてくれている、という反応を掴みながら続けることだ。そんなことはお構いなく、用意してきた内容を予定通り終わりまで話す。聴く人の心に何一つ残らない話をしても無駄ではないのだろうか・・・なんて、お医者さんに面と向かって言ってみたい。

💜福岡会場には男性が8人位来ていて、内2人は奥さんの具合がよくないので、代わりに話を聴きに来た。残りは奥さんに付いて来た人。そこで、臨機応変に「妻の乳がんと付き合う夫の話」をめいめいにしてもらった。「がんとわかってどうなるか心配で食事がのどを通らなかった」という、多くの夫たちに通じる心境を打ち分けてくれた人がいて、会場に安らぎが漂った。母親の代わりに乳がんの情報を出来る限り集めている息子もいた。

💜東京~岐阜~福岡の移動を真剣に案じていたが、岐阜終了後、新神戸まで移動して1泊、次の朝、福岡行きの新幹線で2時間半、案ずるより産むが易し。駅構内で行き倒れる予定が、少しもその気配なく、荷物を持ってスイスイ動き続けた私は奇跡の魔女。秘訣はね、一回に一つだけ悩む。まずは東京から岐阜、その後はまた一区間だけ考える。先々のことを思い煩わない。これって、がん闘病にも通用する困難乗り切り法ではないか?欲張らず、謙虚に一つずつ。

💜どこへ行っても「会長さん、お会いできてうれしい」と言ってくれる。中には、以前の講演会で元気をもらったので、またもらいたくて来た、という人もいて、全国、どこでも待っていてくれる人がいる、私は至福者。がんと言われて、すぐ、それまで行きたかったパリに一人でサッと行って来た、という人の話がよかった。みなさん、これですよ、行きたいとこへは行けるときにサッと行く、がんで死のうが何で死のうが、残りの人生、悔いなきようにみんなで生きましょうね。 (ワット)

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