夫はただいま優に10種類以上のサプリメントを摂取している。ケンブリッジで主席だったくらい(エリザベス女王が大学を訪問されたとき学生代表で握手している証拠写真で私はそう信じているが)のインテリなのに、ことダイエットになると狂信的で、ALS発症以前から独自の食事療法を頑固に実践している変人。

 今流行のQ10、グルコサミン、コンドロイチンはもちろんのこと、クロレラ、AからKまでの総合ビタミン剤、関節に効くXYZなどで、ここまではALS前からのんでいるコレクション。そこへアメリカから息子が送ってきた「エリックの箱」に5種類以上あって、それを指示通りにのみこむ。たとえば、No.2ボトルから5滴、毎食1時間前に飲み物に垂らす。この1時間を厳守すること。残りは食事の直前、最中、あとの3度に分かれているので、毎回指示書を読みながら取り違えないようにしている。「これだけが一日の仕事なんだから、いちいち見なくてもいいように暗記すれば」

 他にエリックボックスには「ねんど足浴」なるものがあって、先日それをトライした。粉末ねんどにぬるま湯を入れて棒でかき混ぜて溶かすのだが、粉が団子になってなかなかうまくいかない。それで、私がキッチンから泡だて器を持ち出して参戦。粉末が飛ぶのでマスクをせよ、という指示通りマスクして奮闘している娘と目が合って、共に噴き出してしまった。

 「こんなことは信じている人がやらないと溶けないのよ」「私たち、何のために大学教育まで受けたんだっけ」声を抑えて、横隔膜が痛くなるほど笑いに笑った。息子も大学へ行ったはずなんだけど、あまり勉強しなかったから、こんなものまで薦めるのだ。他に、イギリスの医師が処方したALS用薬1点と頻尿ストップ剤1点と、バンコック病院の処方箋で筋肉痛緩和剤1点と抗欝剤1点と合わせのんでいる。さて、総計何種でしょう。

 これだけのサプリメントと薬が体内に入れば、血中合戦をしているはず。そして、悪いやつが勝ち残って、それが体内に蓄積される、と想像してもみよ。溺れるものが掴む藁、なんだろうか。サプリメントなんか何種類のんだって死ぬときは死ぬのよ、と言ってやりたい。

 食事もエリック書の通り。「ノーなになに」が多い。まず、ノー炭水化物、パン米うどんポテトのたぐい。次にノーコーヒー、ノーアルコール、いわゆるノー嗜好物、もちろん、ノーファーストフード、ノーミート(チキン少々ならよい)など。要するにこれらは有毒だという説。有機野菜中心で、それもボイルがよくて、オイルを使う炒め物はだめ。生野菜、特に生にんじんがいい。

 これは病気になる前から続けていた彼のユニークダイエットに近いのであまり抵抗がない。生前、じゃあない病前は、刺身でもカレーでもご飯なしで食べる。玄米は、私が作れば、食べていた。それに塩分、糖分、油分を敵視していたから、刺身でもしょうゆ抜き、サラダはドレッシング抜き、で通していた変なガイジン。

 彼の病気が発覚したとき、彼を知る人々(家族も含めて)は異口同音に叫んだ。「偏ったダイエットのせいよ」朝食など、私に言わせれば鳥のえさ、あんなバサバサした大麦シリアル(だと思う)なんて、人間の食べるものではないでしょ。アメリカから買ってきた大瓶の粉を豆乳でこねてスプーンで食べたりしていたこともあった。玄米を100回噛んで食べる人もいるけど、それって食べる楽しみはどこかに置き忘れて、苦行ではないの。比叡山におこもりでもしているならいざ知らず。
 あと何年生きられるかわからない病に罹ったら、好きなものたらふく食べて、したいことしたいだけして残りの日々を生きればいいのにと、今、健康な私は腹の中で夫の「エリック狂」に冷淡だ。