5月も半ばというのに、ロンドンは終日冷たい霙のような小雨が降っている。みぞれという漢字は雨の下に英国の英と書く。今まで考えなかったが、この国のお得意気象なのかも知れない。とにかく寒い。14度、背中にホカロンを貼っている。ダウンジャケットを着ている人がいるかと思うと、ノースリーブの女性も小雨の中を平気で歩いている。この国ではいつ何を着ようが自由。人が見てみすぼらしげと思うのではないか、とか考えない。
先日偶然ミヨコさんと話が合ったのだが、イギリス女性って意外や意外、おしゃれではない。それどころが、一見きたならしい。黒、グレー、茶系統のよれよれっぽい感じのコートか何か着て、おおかた前のボタンは留めず、首胸ばかり大きく露出させて(おお、寒っ)、歩きながら勿論ケータイデンワ。たまにホッとするようなセンスのいい人を見るとそれは中年婦人か老女、若い人ほど、絶望的。パリとロンドンは空港に着いた途端、女の人の服装の違いがすぐわかる、とミヨコさんはうがった観察をしていた。
「そこへ行くと日本女性はおしゃれよね、少なくても清潔感あるじゃない、センスいいし、身ぎれいという言葉がぴったり」「アスコット競馬とかになると突然ドレスアップして大きな帽子かぶって伝統的格好するけど」「でもあれだって、も一つセンスない」「テレビの女アナウンサー、洋服もヘアもいい加減、スーツっぽくていいかなと思うと突然フレアスカートをはいていたり、そのスカートの長さも中途半端なのよ、とにかくトータルルックとしての締まりがないのよね」「日本人はわざと普通の格好しないと却って目立つわね」
病人は朝から元気がない。午後4時前にパンツを汚してしまったので、ベッドできれいなパンツに取り替えた。ついでに横になっていたいという。いつものジョニーキャッシュを聴きながら午睡ではないが目を閉じて休んでいる。実は息子が今朝またサンフランシスコへ飛び立った。友達に会いたくなったのだろう。7時に家を出て空港へ向かうのに6時半に起こしても起きない。ようやく起きたら、シャワーに入るという。45分過ぎても浴室から出てこない。ようやく出てきたら、今度は最終パッキング。7時5分に家を出た。天才的。
「あんた、飛行機の中で人生考えてね」「いつも考えているよ」それならいいが、私は夫のことより息子の行く末を悩んでいる。初めは病人が6ヶ月で死ぬ、という推定のもとにみなが自分の生活を捨てて結集したけど、今になったら、いつまで生きるか、案外長いかもしれない、のだから要作戦練り直し。それにはまずここより家賃の安いマンションか家を探して引っ越す、次はあんたたち、どっちか外に仕事を見つけて働きに出る。今はヘルパーも来てくれるのだから、私もまた1カ月おきくらいに来るからね(これは守らない)。
夫の書棚に1993年12月、㈱トレヴィル発行「アール・ヌーヴォー・デザイン」というB4サイズのビッグな本を見つけた。彼がドイツのボンの古書店で偶然出会ったアール・ヌーボーの図案版画の中から選んで一冊の本に仕上げたもの。どのページを抜き出しても額に入れて飾れる。コレクションをまとめては次々と本にしたかったんだ、と今頃納得している。口惜しいだろう。コレクションのヤマの中にいて誰も何もできない。外は冷たい雨。