2週間の日本滞在で少し疲れを取って、またバンコックの介護主任に復帰しました。しかし、留守中、メイドのピペットちゃんに主任の座を軽く奪われてしまった。他人の夫にアンダーパンツまではかせてくれる彼女に感服して、私は躊躇なく補佐役に格下げ。本当に気が利くいいメイドさんに当たって助かっております。

 リラは午後の2時まで幼稚園なので、夫と私とピペはともに私が作ったランチを食べる。私たちと一緒にテーブルに着くのを少し遠慮するのだが「21世紀、人間はすべて平等、座りなさい」の一声で、座る。私の留守中はランチも作って食べさせてくれていたのだから、この人を第二夫人と呼ぶべきなのです。そんな彼女は、私を「マダム」と呼んでくれる唯一の人。自尊心がくすぐられて、気分がいいことこの上ない。

 さて、肝心の病人ですが、夕べ夜中の3時にベッドから落下しました。テレビで映画を点けたまま眠ってしまっていた私は娘に起こされて飛び上がった。夫は、まさにベッドから脱落して、床にひざを付いたまま、上半身ベッドにうつ伏せている。つま先がねじれて、痛くて悲鳴を上げる。かろうじて、枕をつま先の下に入れると、木の床にこすり付けられていた痛みは減少した。

 私に任せなさい、と後ろに回って腰を抱いて立たせようとするのだが、びくともしない。これはもう体験済みなのに、いつもいい格好したがる私。無理よ、と娘は言って、フロントに電話をして、男性二人緊急必要、と頼む。緊急性がわからないのか、なかなか上がってきてくれない。本人は痛いことより、自分の体を自分でどうにもできない悲しみに落胆して無表情。

 これで私の目の前で2回転んだことになる。どんな言葉も無力なので、みながだんまり、夜明けのしじまの中に救援隊の足音を待っている。一人は眠っていたのを起こされてユニフォームのボタンを留めながら到着した。そして、男の力でようやく持ち上げてもらって、またベッドの上に横になった。この間20分くらいだったが長かった。この先、何度か、こうやって落下沈没して、ついには寝たきりになるのだろうか。

 娘が言うには、私のいないとき、一度転んだそうだ。歩行器から、なだれ込むように落ちたという。足が短期間にずいぶん弱ってきている。それと喋りが聞き取れない。今日も「ゲッコウ(トカゲ)がテーブルの下にいる」と言っているのに、私は「そうよ、この薬はギンコウ(イチョウ)の葉よ」と答えてしまった。そして、夜寝つかれない。夜中に何度も目が覚める。睡眠薬も効かない。体力、発音、睡眠の3点が顕著に衰えている。

 なかなか再度の眠りにつけない夫は、足を蚊に喰われたとか、左足足首が痛いとか、転んだときに擦り剥いた傷はないかとか、いう。仕方なくて適当に擦っていたら、気持ちがいいと唸るので、本気にして、今度は少しの愛を込めて足を擦り、ついでに肩から首から背中から、揉んだり押したり叩いたりして、サービスをした。次第に外が明るくなった。久しぶりに夫の体にしみじみ触れて、面映い気分がした。一つ喜んでもらえれば、借りを一つ返したことになる。

 今だから告白しますが、私は自分の仕事にのみ人生をささげて、家庭生活は二の次にした重い負い目が夫や子供たちにあるのです。