夫がついに車椅子での移動に同意した。病院でレンタルしていることがわかり、昨日一台借りてきた。貸出料一日200バーツ、ただしデポジットとして、13000バーツ。バーツ×3が大体の日本円。

 一昨日の夜、娘が階下のジムへ軽い運動(といってもバーに掴まって体をほんの少し上下させるだけ)のために連れて行った帰り、11階のエレベーターを降りたところで動けなくなった。大急ぎで、部屋からイスを持っていって座らせて小休止させたので大事に至らなかった。そこから部屋まで歩行器で歩くのに、一歩一歩時間がかかっただけでなく、私が横から腰に手をやり、娘は後ろからイスを彼のお尻にあてがうようにして、ようやく到着した。崩れ落ちたら仕舞いなので、緊迫の一時、こんなサスペンスは疲れてしまう。それから、数時間後、あのベッドからの落下惨事につながるので、さすがの彼も観念するに至ったのだった。

 これまで一度だけ「車椅子に乗ればいいのに」と何気なく言った私を、夫は怖い顔で「ノー」とにらんだのです。それだけでなく、「車椅子」という言葉を発した私を、息子と娘が「だめじゃない、それを言っては」と、結束して非難して、3対1で私の負け。以来、この家では、この用語はタブーになっていた。一度使い始めると、再び自分の足で歩けなくなると思っていやなのだろう。

 今までも病院に着けば、車椅子を持ったスタッフがさっと駆けつけて、行き先まで運んでくれていたので、まったく使ったことがないわけではないのだが、日常生活の中に取り入れるのを拒絶してきた。病人のプライドとして尊重すべきか、それとも現実を100%受容したくなくて、意地を張って、無意味な抵抗をしているだけではないの、と言ってもいいものか、難しいところ。

 そして、今日、そのレンタルイスに乗って早速行ったのが、サミティベ病院の鍼の先生のもと。鍼療法は私が日本に帰っている間に始めていた。タイ人の40そこそこの女医さんはALSについてよくわかっていてなかなか説得力がある。夫はすっかり信頼して、鍼の日を待ち望んでいる。感じのいい人で私も嫌いではないが、この女医さん、高い。一回の治療に3500バーツ、ほかの諸経費と比較しても異常な値段だが、病院宛に払うので、ぼられているとは思えない。

 でも、夫を片時でもハッピーにしてくれる人になら、お金なんかいくら払っても惜しくはないのです(やせ我慢)。今の日課はこの恋人に会いに行くのが火木土の週三回。残りの月水金には、かわいい女理学療法士が家に来てくれて、この人には一回800バーツお払いする。そう、病人が一人いるとお金がかかる。タイは物価が安いからと、なめてかかっていたが、ビザカードの請求が来て、失神しかけた。ぶっちゃけた話、一日平均数万円単位で使っている(病気だけでなく器具類、食費や私の飛行機代など入れてのトータル)病人を抱えた家族のストレスは、こんなところにもありますね。幸い、今のところは借金するまではいってませんが、お金が目の前で流れるように出て行くのは正直ストレスです。日本人は慎ましやかなのでお金の話はしたがらない。でも私はケチなので、すぐしてしまう。

 乳がんで再発して、ハーセプチンを定期的に何年にもわたって打っている患者がいる。やめると、すぐにまた元に戻ることを恐れて、ドクターも怖くてやめられないのだという。ハーセプチンでなくても抗がん剤は高い。実は鍼なんかよりずっと高いし、それをいつまで打つのかわからないこともあるので、家族に遠慮だと思う。それが気の毒。

ここで秘話一つ。先日、病院に着いて車を降りて車椅子を頼むと、ニイチャンが一台さっと押してきて、私の顔を見上げて、タイ語で「どうぞ座って」。その瞬間、私がどう反応したか、私自身思い出したくありません。

バナー広告

共同文化社

とどくすり

コム・クエスト