シンチャンが死んだ。4月15日午前10時53分。昨日から呼吸が苦しそうなのと、右足が左の倍くらいにむくんできて、終わりが近い感じがして、事務所に1時間だけ出て仕事を片付けて早退していた。それが一晩持ちこたえて、今朝は朝から何も食べず、ハアハアと息使いが荒くなり、苦しいのか家の中をよたよたと動き回り、玄関に2度ほど出て座り込み、ベランダにも出て東の空を見上げていたり、その内私のベッドの脇でよだれを垂らして、へなへなと崩れるように横になって、息が止まった。

 シンチャン、さようなら。人々に訃報を知らせる前に私だけで1時間のお別れをした。そのあと、渡辺さんに電話すると、間もなくお母さんと娘さんと、更にお隣の柳瀬さんが3人揃ってお線香とお花とお団子を持って来てくれた。渡辺さんも柳瀬さんも犬を2匹ずつ飼っていて大の犬好き、シンチャンをわが犬のごとくかわいがってくれていた。にわか祭壇に線香の煙が漂うとみんなが泣いている。たかが犬一匹に何故こんなに人間の心が揺さぶられるのだろう。

 私はしっかり覚悟していたつもりだったのに、悲しくて悲しくて体が痛くなる。シンチャンの死を通して、私は自分の人生を泣いているのだろうか。少し向こうに夫の死がチョロチョロ見え隠れしているような気がする。そのときは、早晩必ず来るのだから、これは予行演習なのかもしれない。シンチャン身代わり説を言った人がいた。シンチャンが夫の身代わりに死んで夫の命を救ったのだ、という。ありえないことだが、本気にしたくなる。

 辛いけど、私は一刻も早く気持を切り替えて、20日に発つ準備を始めなければいけない。衰弱していくシンチャンを見つめる3週間の日々は、気分がどんどん下のほうへ落ちていくばかりだった。このシリーズを書く意欲も完全に失せていた。しかし、私にはまだ大役が残っている。一区切り付いた今、新しい旅立ちに向かって一歩踏み出さなければいけない。なんと言っても余り時間がない。仕事をきっちり片付けて、スーツケースにもろもろ詰め込んで、19日には成田へ向けて宅急便で出すこと。

 娘にイクラの瓶詰めを買って、息子にはするめを焼いて裂いて、リラちゃんにはミッキーマウスのタオルを頼まれたのだが、まだ買ってないし、全部できるのだろうか。メールでシンチャンの死を知らせてあったので、先ほど子供達から慰めの電話が入った。私は大丈夫かと聞いてくれる。大丈夫じゃないけど、大丈夫じゃない、と答えて子供達に甘えるわけには行かないし、代わりに夫の様子をたずねてみる。左腕の筋力が完全に弱ってしまった、という。とにかくもうすぐ行って交替するからね、待っててね。

 それから、南川さんが来てくれて、柳瀬さんのご主人も奥さんに連れられて白百合の花束持ってきてくれて、長年散歩に連れて行ってくれていた加藤さんも来て、幸せものシンチャン、白いタオルの上にお花に囲まれて横たわっている。みなさんが帰ってしまうと余計にさみしくなった。今夜はさしずめお通夜なんだけど、私は9時になったら眠いので、とても起きてなんかいられない。とりあえず寝て、続きはまた明日考えることにする。