私のALS記を読んで連絡をくれた同病夫(アメリカ人)を持つ日本人妻の千恵さん(と一先ず呼ぶ)ご夫婦は発病時、日本に住んでいたのだが、今はアメリカ・オレゴン州に移住。ご主人は夫より20歳は若いので気の毒だが、発病が若い方が進行もゆっくりで長生きしているような(ホーキングス博士のように)印象を受けていた。ところが、3月から声は出ない、8月から食事も口から入らなくなって、今では千恵さんが水、食べ物、サプリメントを交互に日に10回はチューブに注入しているという。

 でもまだ自分の足で歩いている。呼吸の力が弱って、時に呼吸困難を起こすのと、風邪など引いたら命取りになると警告されているそうで、その対応に神経を配っておられる。まさに異国で孤軍奮闘、しかし根が明るい人なのがうれしい。彼女が自分で作っているホームページが写真入りで実に見事、添えられている短い文章が軽妙タッチでまたいい。きっと毎日覗いている日本の同病ファンが大勢いるだろう。それに引き換え、この私はぶつくさ泣き言ばかり書いているようで、すっかり自信喪失して筆が進まなくなった。

 夫がホスピスに入院中、訪ねてくれた同病のサラは今も30代、6歳の子を持つ母親、なんと7年前の妊娠中に発病し、そのあと離縁されて、24時間介助が付いているものの、一人で闘病と子育てをしている。彼女は両手両足が全く動かないので、あごでパソコンを駆使しているという。それが驚いたことにまだ喋れる。夫は「7年生存」と聞いて嬉しくなったのか、彼女にメールアドレスを渡していた。かように、この病気は人によって、どこの機能がどの順でだめになるかが異なっていて、参考にしようにもできないので困る。

 11月5日、イギリスはガイ・フォークス・デイ。暗くなるのを見計らって、あちこちでドカンドカン無数の花火が打ち上げられている。400年前に企てられたガイ・フォークス率いるカトリック系謀反の一団が国会議事堂地下に爆薬を仕掛けて翌日の国会開会式に爆弾ぶっ放すという計略が事前に発覚して一味は捕らえられ公開処刑された。国王ジェームス一世は難を逃れ、その国王の安寧を祝って始まった祝日であって、ガイ・フォークスの果敢なる企てを祝うものではないのが、ちょっと物足りない。私は何でもいい、命がけで謀反を起こすほうが偉いと信じているから、彼を称えての花火ならいいのにと思ってしまう。

 11月6日、帰国まで10日を切ってしまった。主に洗濯・料理番をしているだけだが、病人も日替わりメニューを喜んでいるので、役には立っているみたい。その病人が2日前の夕飯時、うつむいたまま「食べたくない」のジェスチャーをする。単に食欲がないのかと思えば、娘の解釈で、食事拒否して死ぬ―の意志表示だったことがわかった。だが、私は相手にしない、なぜなら「断じて断食」の宣言にはまだまだ鬼気(こういう言葉ありましたか)が迫っていない。ガイ・フォークスなら、もっと芯に迫っていただろう。

 「ダディ、やるならマミーが日本に帰ってからにして、今はおいしいもの作ってもらっているんだから」娘のこの機転で、みなが笑って一幕の終わり、病人は口をあんぐり開けて食べ始めた。ね、私がいつも言う通り、世界を救うのは‘ユーモア精神’なのですよ。