濃霧。霧のロンドンは歌になるが、上空から垂れ込めた鉛のように重い霧はヒースロー空港を視界ゼロにして、4万人のクリスマス帰省客の足を止めている。国内線ヨーロッパ線合わせて350便全便が欠航して3日目、先ほど早朝3時のニュースで今日(23日)は少し見通しが明るいと言っている。が、一機飛んで見せてからではないと誰も信じない。濃霧で知られるこの国も近年の世界的異常気象のせいで霧が雲隠れしていたのに、何を好んでか、この時期に現れた。コンクリのフロアに寝ている人々、壁に寄りかかって今にも倒れそうな人、当然だが、疲れが見える。あったかい飲み物とクッキーはもらえるという。

 空がダメなら、地上での移動に切り替えると考える国民に、英国鉄道はクリスマスイブと大晦日と元日の3日間ストライキを宣告している。どこの国も同じ、利用客が数倍多い稼ぎどき目掛けてこれをやる。脅して、夜中の12時1分前にごり押しを通して、スト解除に至る。駄々っ子がデパートの床に寝転んで足バタバタ泣き喚くので、親は仕方がなく高いオモチャでも買って与えてしまう、ぴったりとは来ない譬えだが、ちょっと似ている。

 コロンボおばさんの当てずっぽうは見事に外れ、昨日、第一容疑者トム・スティーブンスは釈放され、代わりにスティーブン・ルイス(48)が逮捕され、この人がほぼホシ。5人の遺体が次々発見されたイプスイッチという町の赤線地帯の端に住んでいてフォークリフト運転手。逮捕に至ったのは町中のあちこちに備え付けられたカメラからのビデオテープの解明と、指紋血液型などの科学的捜査の裏づけによるものだという。よしよし。2度の離婚暦あり。日ごろ静かな語り口でゴルフ好き、彼を知る人は信じられないといっている。

 この国のおまわりさんは短期間に犯人を捜し出すので、いたく感動した。が、先に容疑者として掴まったトムは新聞にテレビにでかでか実名と顔写真が出ている。これは日本だと大問題になるだろう。警視総監かなんか、3人くらい垂直に立って並んで、謝罪会見で頭を下げる、あの光景ではなかろうか。名誉毀損で国が訴えられ、弁償を払うのだろうか。

 地下鉄に乗ってボンドストリートまでクリスマスターキーの買い出しに行ってきた。食べ物にうるさい息子が、英国民と同じ七面鳥の丸焼きでなければと主張するのだ。ロンドンでもっとも有名なショッピング大通り、クリスマス前の金曜日午後4時、どれだけの人が通りにいたか、たとえれば渋谷のスクランブル交差点。おねがいよ、早くお家に帰ろうよ、と通りに出るや連発して、でかい七面鳥一羽ぶら下げて退散した。冷凍物ではない殺し立て(英語でfreshly killedという)、オーブンで2時間クックと書いてある。

 地下鉄駅の地下もごった返し、セントラルラインで人身事故があったので、その線が一時的に閉鎖されている、とのアナウンス。クリスマスシーズンには身寄りのない人の自殺が多い。日本でもそうだが、家族が一緒に固まるこの時期、独り者は寂しくていたたまれなくて電車に飛び込んでしまう。私に言ってくれれば何とかしてあげたのに。町はお祭り気分、ビルの窓一面華やかライトアップ。しかし、取り残された人がどこかにいる。我が家の病人もその一人かもしれないが、ファミリーがいる、恵まれている。

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