秋風に揺れるコスモス<br>ー東久留米の川沿いでー<br>撮影:前田こずえ(東京)秋風に揺れるコスモス
ー東久留米の川沿いでー
撮影:前田こずえ(東京)

遂に誕生、自然分娩で
 令和元年12月19日午前8時9分でした。主人と姉は直前に室内に戻してもらえていたので、赤ちゃんが出てくる瞬間に立ち会えました。主人はすぐに手を握って声をかけてくれ、姉は母に電話してくれました。母はちょうど病院に着いたところでした。
 赤ちゃんが一度奥に連れていかれたのは何となく分かりました。仮死状態だったそうですが、奥で蘇生措置をしてもらい、すぐに元気な声を上げてくれました。お腹から出てきたばかりでくしゃくしゃの顔をしていました。
 その後、いわゆるカンガルーケアを推奨する病院だったため、帽子と産着を着せてもらってすぐ私の胸に抱かせてもらい、初乳を与えました。右胸は部分切除していますが、左胸からは無事お乳が出ました。病室の時計をぼんやり眺めながら、夢か現か、不思議な感覚でした。妊娠検査薬で陽性反応を見た時のこと、翌日クリニックで赤ちゃんの心臓の瞬きを見た時のこと、主人のもとに引っ越す前、一人で不安に襲われたり、ちょっとしたきっかけで幸せを実感した時のことなど、妊娠期間中の様々な場面とその時々の感情がよみがえってきました。無事出産できて安堵したのはもちろんですが、それより、なんだか長い夢を見ていたみたいだ、と思いました。

授乳は片方だけで7か月後の今も
 その後、初めて母親になった人が必ず経験するであろうドタバタの日々を過ごし、気づけば7ヶ月が経ちました。子の成長とともに苦労や悩みも変わっていくので、いつになっても「慣れた」「楽になった」ということはありませんが、そこに常に「幸せ」があります。「好き」とも違う「愛おしい」存在ができたことは、私にとって結婚以上に大きな変化です。
 心配していた母乳は、先にも書いたように、手術していない左胸からは問題なく出ました。完全母乳ではなくミルクで補充していますが、半年以上経った今でも授乳できていますし、先日乳腺外科で受けた検診の際も、「まだまだお乳出ますよ」と言われました。(出産後、この病院の乳腺外科に転院しました。)

最後にーーー私の体験を書くに当たって  
 私のケースは特例であって、何の参考にもならないかもしれません。ですので、今回My Storyも受けるべきか、迷いました。ただ、主人に「いろんな思いを抱く人がいると思うけど『がんになったら妊娠は100パーセント無理』という気持ちにはなってほしくないよね」と言われ、それなら自分の経験をシェアする意味もあるのかな、と思いました。がんについてもそうですが、妊孕性の問題も解明されていない点が多く、単純に何が良い悪いは言えませんが、少なくとも私の場合、がんの早期発見が早期治療につながり、体への負担が軽く済んだことが良かったのではないかと思います。これもすべて、受診を勧める乳がん啓発活動の記事のおかげです。  
 余談ですが、勤務先の健康診断メニューに、婦人科検診を入れてもらうよう要望を出しました。会社もすぐに採用してくれて、全ての女性社員が、毎年乳がん検診と子宮がん検診を受けられるようになりました。  
 最後に、私の文章の中には適切でない表現もあるかもしれません。特に結婚や妊娠に関しては非常にデリケートな問題であり、私のつたない表現によって傷つく方もいらっしゃるかもしれません。もし、うまく表現できてない個所がありましたらお詫びします。私自身、結婚も出産もかなり遅かったので、そのことで、他の人から言われたことに傷ついたりしたことも少なくありませんでした。
 私の周りには、未婚や、結婚しても離婚していたり、子供がいなかったり、親と同居していたり、一人暮らしをしていたり、様々な環境の人たちがいて、それぞれに幸せだったり悩んだりしています。誰もが幸せで平穏な日々を過ごしていけたらいいなと思います。 ―――

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