〈あけぼのハウス・札幌〉に元気な姿で <br>2023/2/4  撮影:関川正美〈あけぼのハウス・札幌〉に元気な姿で
2023/2/4 撮影:関川正美
転移・再発防止のための化学療法中

 私は2022年12月現在、左乳がん全摘後の転移・再発防止のための化学療法(抗がん剤治療)をしています。3週間ごとに採血の検査結果を待って医師の診察のあと、吐き気止めのカプセルを服薬。その15分後にアレルギー予防の薬剤、吐き気止めの薬剤に続き、抗がん剤のエピルビシン+エンドキサンの順で、右胸脇近くに埋め込んだポートから点滴しています。そして2日後には、ジーラスタという白血球の減少を抑える薬の皮下注射をするため、もう一度通院するというのがちょっと大変です。
 点滴の種類が多いので、朝9時~午後3時過ぎまで長時間かかりますが、点滴台を引いて院内移動してよいことになっているし、昼食や飲み物、雑誌やミニラジオの持込みもできます。10月20日から始めて先日3回目の治療を終えました。
 担当医から副作用(吐き気・嘔吐、口内炎、感染症、脱毛その他)について説明を受けていたので、最初は「化学療法室」と書かれた部屋に入っていくだけでガチガチに緊張していましたが、回を重ねるうちに投与スケジュール表を見ながら、看護師さんと「次はこれだね」などとリラックスして話せるようになってきました。血液検査の結果を見て、自分の体調の実感と照らし合わせたりもしています。

やはり脱毛、爪が黒ずむ

 1回目の治療のあと2週間ほどは特に変わったことがなく「こんなもんか…」と高をくくっていたところにバサバサと髪の毛が落ち始め、ヘアブラシが毛だらけになる状態に。そこで用意していた帽子をかぶったり、バンダナを巻いたりしています。2回目の治療のあとに気づいたのが爪の色の変化で、根元から黒ずんできています。痛くも痒くもないとはいえ、やや不気味です。髪や爪は治療が終われば元に戻ると知りながら、強い薬を体に入れているんだな、と思います。
 エピルビシンは赤黒い薬で、点滴後の2~3日は尿が赤くなるので、事前説明があったとはいえ、実際に目で見るとやはり驚きでした。対応策として水分を多く摂るようにしています。この治療は合計8回あり、2023年3月まで続きます。後半の4回は抗がん剤がドセタキセルに変わり、ジーラスタの注射はなくなるので通院回数が減り、少し楽になる予定です。

自分の身に起きるとは考えたことがなかった

 振り返ってみると、2021年10月に左乳房外側に親指の先くらいに感じられるシコリに気付き、まさかとは思いながら余り深く考えず、ある乳腺クリニックを受診。生検の結果、悪性との診断が出て部分切除を提案され、手術を受けることに決めました。それまで、友人知人の中で乳がんになった人は5~6人いて、中の一人は亡くなっていましたが、自分の身に起こるとは考えたことがなく、乳がん検診を一度も受けていなかったほど、私の予防意識は低いものでした。

手術は部分切除、トリプルネガティブ

 2021年11月に17日間入院し、左乳房の部分切除手術。乳首の外側に4㎝くらいの傷跡が残りました。12月初めに病理検査の結果には、「浸潤性」「浸潤径1.8㎝」「がんの悪性度G2」「腋下リンパ節転移あり」「ホルモン受容体2種とHER2が陰性=トリプルネガティブ」であり、部分切除のあとの治療方法は、放射線照射と化学療法(抗がん剤治療)の二つ、ホルモン療法はなし、と書かれていました。

肝機能障害があるので抗がん剤を始められない

 問題は肝機能障害があることで、その原因は35年前の輸血によるC型肝炎ウィルス。
「肝機能が正常化しなければ抗がん剤治療は開始できない。まず肝臓のほうを治しなさい」と告げられ、消化器内科の紹介状を渡されたときは、放り出されたような気分でした。
 紹介された中規模の総合病院で担当になった医師は40代後半で話しやすい方でしたが、ここでもエコーや造影CT,MRIなど検査に次ぐ検査。「C型肝炎による肝機能障害が長期にわたってあり、その結果ごく初期の肝細胞がんが出来ている」と言われたとき、ショックはありながら「手術で根治できます。術後半年くらい経過を見てからC型肝炎の治療薬をのめば、ほぼ100%近く肝機能は正常になる見込み」という担当医の説明が分かりやすく、治療の見通しを持てたので、このあと気持ちは前向きになったのです。

腹腔鏡を使って肝臓の一部を切り取る手術

 年を越して1月下旬、腹腔鏡を使って肝臓の一部を切り取る手術で10日間の入院。外科医は若手で、おなかを切らず4個の穴を開ける術式なので回復が早く、術後のリハビリスタッフも揃っていました。肝臓の治療をする中で、医療技術の進歩や医療スタッフの患者に対する真摯な態度、各専門分野の技術者が連携して行うチーム医療を目の当たりにし、病院選びや医療者の説明姿勢について考えさせられるものがありました。
 できればこの病院の乳腺外科に転院したいと思うようになり、実際に打診してみましたが、患者が多い上にスタッフ不足があるので、新患は受けつけていないと、断られました。乳腺クリニックからは治療方針についての明確な説明がなく、見込みよりもずっと悪かったというようなことを言われるばかりで医師とのコミュニケーションがうまくいかず困惑。肝炎が治らない限り何も治療はできないのか?やはり乳がん治療の転院先を見つけようとしていた矢先、4月に入ったころに部分切除した傷跡のそばに1cmくらいのシコリを2個見つけました。幸い、働いていたころ健康診断を受けていた中規模総合病院の乳腺外科で受診可能とわかり、転院することに心を決めました。

「乳房内再発」、全摘手術

 そこで「乳房内再発」の診断が出され、6月に左乳房の全摘手術のため入院。不安はありましたが医師の術前説明はていねいで、乳首を含め左乳房を「木の葉型」に切除して縫い合わせた傷口は10センチほどの斜めの痕になると言われ、納得して手術に臨みました。術後の経過は良く、理学療法士からリハビリ体操の指導もあり10日後に退院。
 「外科的な治療は終了したので、このあとは再発予防の放射線治療と化学療法になります。C型肝炎の治療と放射線治療を並行していきましょう」と提案され、7月20日から週5回5週間(計25回)の放射線治療に通院。それに加え8月5日からは消化器内科で処方されるC型肝炎治療薬マヴィレットを8週間毎日服薬し、2週間ごとに採血して経過を見るという、暑い治療の夏を過ごしました。
 服薬により、肝炎治療は順調に進んで肝機能が正常値を示すようになり、医師から「ほぼ完治」と言われたときの嬉しさは忘れられません。成り行きで二つの病院に通うようになりましたが、医師同士が患者のデータを日をおかず交換し、良く連携が取れているので安心感があります。
 大きな回り道をして抗がん剤治療に進むことになり、点滴をする準備としてIVHポートを埋め込むため、10月半ばに1泊入院。乳腺外科の担当医から「ようやくここまで辿り着きましたね」と言われたとき、本当にそうだな、と思いました。

【あけぼの会】に入会、とても有意義

 そんな中、たまたま新聞で知った「あけぼの会」に参加するようになりました。同じ病気を持つ方たちのさまざまな体験談を聞いたり、専門医の最新情報を耳にしたりして、励まされつつ学んでいける場であり、とても有意義です。
 治療をしながらも、できることはやっていきたいと思い、7年間続けている太極拳の教室にも復帰。友達と電話で話したりメール交換したり、たまに会っておしゃべりし笑ったりする時間が、以前にも増して貴重と感じるようになりました。
 食事内容に気を配り、野菜や大豆製品、魚など和食中心にできるだけ自分で調理したものを食べるようにし、ストレッチやウォーキングなど適度な運動をして気持ちを前向きに保ち、趣味や人付き合いを普通に楽しむこと、そんな生活を心がけています。
 「病気にならなければ、もっと楽しく生きられたのだろうか」と自分に問いかけてみると、そうとも言えないということに気づきました。先日75歳になりましたが、発病前よりかえって健康的な毎日を過ごしていることに今、感謝すべきなのかもしれません。
 周囲の女性には、年齢にかかわらず、乳がん検診を欠かさないようにとお伝えしています。