AKEBONO NEWS No4に掲載された記事です

 
治療で髪が細くなって短くなって (2023/3/14 撮影)

 先々週(2/13 日)の診察で、CT の結果「あやしいところがあるので、MRI を撮りましょう」と言われ、結果、20 日に背骨(脊椎)に転移していることがわかり、あっという間に放射線の治療が22 日から始まりました。20グレイを連続で4 回照射しました。治療中は特に何もなかったのですが、終わってから食道が腫れていたのか、食べ物が喉を通りにくく、胃もたれのような症状、口内炎が出てきました。それでも、(新潟)がんセンターの素早い対応には驚きました。脊髄は麻痺が出たり、圧迫骨折したりするので、早急な治療が必要とのことでした。
 先週は雪の中でもあり、夫が白内障の手術をしたので車が使えず、バスでの通院を余儀なくされたりで大変でしたが、28 日で無事終わりました。痛みが出る前に検査で見つけていただいたことが、とてもありがたかったです。

39 歳の時手術、10 年間異常なし
 私は1996 年に39 歳のとき、入浴中に自分でしこりを見つけ、乳がんと判り、右全摘手術を受けました。しこりは1.8 センチの大きさで、リンパ節に転移が1 個ありました。2 年間ホルモン療法(ゾラデックス)をしただけで、病院の診察を10 年で卒業しました。それで、完治した気分でいました。ところが11 年目で咳が出始めたので、近所の内科、耳鼻咽喉科、アレルギー科などで診ていただきました結果、「喘息」の診断が下ったので、10 か月間、その治療をしていました。

肺のリンパ節と首の左右のリンパ節に7 個の転移
 その後、手術を受けたがんセンターに戻り、検査の結果、肺のリンパ節と首の左右のリンパ節に7 個のがんの転移が確認されて、再発治療をすることになりました。
 当時は一旦卒業したら、紹介状がないとがんセンターにはかかれないシステムでしたので(今は予約すれば診てもらえます)、喘息の治療を受けていた10 カ月間は一度もがんセンターに行っていませんでした。
 2008 年、この治療開始の日は奇しくも私の51 歳の誕生日でした。再発はショックでしたが、それまで続いていた咳の原因がわかって、ホッとしたのも事実です。
 検査の結果待ちの1 週間が一番辛かったように思います。
 やはり、私たちのようながん患者は、何かあれば再発などを疑って、がんの主治医にまず診てもらうべきだったと、後になって、つくづく反省しました。

「再発体験記」の本に希望が
 そんな時に【あけぼの会】発行の「再発体験記」を読んで、長く治療を続けている人がいることがわかり、それは再発後も長く生きていることなので、非常に心強く思いました。治療はホルモン療法でノルバデックスとゾラデックスでした。これがとても良く効いて、上がっていた腫瘍マーカーがみるみる下がってきました。
 治療開始1 年後、主治医から卵巣を腹腔鏡の手術で切除できるようになったが、と打診がありました。迷いましたが、毎月のゾラデックスの治療をしなくて済むこととホルモン療法がより確実になるのではないかと考えて、手術を決断しました。
 開始から3 年半ほどで画像に写っていたがんはすべて消えました。ホッとしました。

今度は胸の真ん中のリンパ節に2 センチほどの…
 2014 年(57 歳)に、今度は胸の真ん中のリンパ節に2 センチほどの、がんが見つかり、アリミデックスの治療になりました。がんは少し縮小しましたが、そのままの状態が続き、また腫瘍マーカーが上がって来ました。
 2018 年、そろそろ他の治療に切り替えた方がよいのでは?というタイミングで、治験の話が持ち上がり、検査の結果、治験に参加できることになりました。ホルモン剤のアロマシンを飲みながら、ホルモン剤を長く使えるようにする治験でしたが、2020 年に治験はあまり効果がないことがわかり、中止になりました。
 直ぐに分子標的薬のベージニオとホルモン剤のフェソロデックスを組み合わせた治療に変わりました。これは、とてもよく効いて、腫瘍マーカーが下がって来たのですが、肝臓に副作用が出て、2 か月半ほどで分子標的薬がイブランスに変わりました。
 腫瘍マーカーは下がらなくなりましたが、腫瘍の大きさは変わらないので、2 年ほどこの治療が続いていました。今年に入って、量を減らしてベージニオの治療に戻りました。そんな折り、3 ヶ月に1 度の定期的CT 検査で、文頭に書いたように陰が見つかり、MRI 検査で背骨への転移が判明したのでした。

抗がん剤をまだ一度も使っていない
 私が【あけぼの会】の「再発体験記」を読んで希望を持てたように、私の体験が治療中の方に希望を持ってもらえたら、嬉しく思います。私自身15 年という長い年月、治療が続けられるとは思っていませんでした。再発がわかった時、主治医に「5 年は生きられるように治療してください」とお願いしていました。15 年の間、あちこちに転移が見つかったりしましたが、その都度クリアして今日まで来ました。
 考えて見ると、私は今まで抗がん剤を一度もしていないのですね。ですから、まだ有効な治療が残っているはず。治療方法がなくなるまで、頑張りたいと思います。