――患者代表パネリストで意見を述べる安田さん<br> <患者セッション>第27回 日本乳癌学会会場で   <br>   (2019/7/12) 新宿NSビル)――患者代表パネリストで意見を述べる安田さん
<患者セッション>第27回 日本乳癌学会会場で   
   (2019/7/12) 新宿NSビル)
――安田さんは去る8月13日に遂に旅立たれました。生前、自身で語った克明な闘病記録(看護学生さんへの授業)と共に医療者と身内のみなさんへの感謝の気持ちを述べ、来年まで生きる希望を持ち続けた一人の女性を讃え、ご冥福をお祈りしましょう(ワット)

授業:
タイトル:[病むことの心理]
対象:埼玉医科大学看護科2年生
年月日:2020年 7月16日(撮影日:7月9日)

みなさん、こんにちは!
 【あけぼの埼玉】の安田と申します。コロナにより今回はビデオ録画の参加になってしまいました。直接お会い出来ず、とても残念ですが、私の体験談を聞いてください。こちらにお伺いするようになって、今年で5回目です。乳がんの手術、そしてそのがんが転移して、ずっと治療を続けている14年間の体験です。

術後9年目の転移
 乳がんは 14年前に右胸に丸いしこりがあり、乳腺外科に受診に行ったことが始まりでした。マンモと超音波検査をしたところ、乳がんと診断されました。手術で3つの腫瘍とリンパにも転移が見つかりましたので、右胸全摘手術をしました。抗がん剤治療を 5ヶ月とホルモン治療を9年間していました。
その9年目に右足の付け根に痛みがあり、歩行が困難になりました。整形外科に通院しましたが痛みは取れず、先生よりMRI検査を勧められました。結果は骨転移でした。頭蓋骨から骨盤までの 5ヶ所に転移していました。
かかり付けの乳腺外科の先生に相談するために、紹介状とMRIのCDをもらい、病院に行きました。先生は「来たか」と言って、検査の画面を見ていました。「他にも転移があるかも」とPET検査の予約をしてくれました。結果は肝臓転移、画像を見ると肝臓全体に腫瘍が出来ていました。半年前の腫瘍マーカーは何でもなかったのに、転移しての腫瘍マーカーは目を疑う数値でした。 →次回に続く(10月31日頃更新の予定です)

――これは【あけぼの埼玉】の「KIZUNA」(2020年9月発行)に既に掲載された文章に少しだけ付け加えてあります。また、当日の様子や安田さんと私のメールの交信が8/58/9日付けでHP巻頭に掲載されています。そちらも合わせてお読みください(ワット&和崎)

バナー広告

共同文化社

コム・クエスト