夫が長引いている。「もう3年になる?」と、まじめに聞かれるが、とんでもない、丸4年が過ぎて、5年目に突入して、それも半年が経過せんとしている。「6ヶ月か、持って1年」という初期診断で、みながうろたえたのだった。それが想定外の延命になっている。延命ではなく、命延、命が勝手に延びている。あんな状態で生かされ続けるなんて、人格も尊厳も無視、本人が一番憐れだが、これだけは誰もどうしようもない。見舞い客も皆無になった。遠方の友も様子すら聞いてこない。生きてはいるが意識不明と思われている。
私も日本に仕事がある。70にもなれば現役引退したほうが見よいのだが、根が欲張りなので、他人にたやすく譲りたくない。まだ頭脳は十分使える自信がある。帰ると5月15日には松山でセミナー、同じく25日には大鵬薬品の新入社員教育、今年は2回目、昨年初回の評判がよかったんだわね。そして6月20日、愛知支部大会、7月3日は東京でセミナー。それから、9月25日、高知の杉本先生がまた頼んでくれて、戻り鰹の時期に私も戻ることに。高知も2回目。10月9日あけぼの会全国大会、24日いわき市、そして30日秋田県。
どう、このように年間行事が入っている私は幸運者でしょ。あとどれだけ本気で働けるか、これは自信がないので、今後は「これが最後」と思って全身全霊投入することに決めた。決めただけで体が震えてくる。実は、知る人ぞ知る「朝日新聞」主催の10月ピンクリボンフェスティバル。毎年、東京と神戸の2ヶ所で開催されてきて、今年は9年目。私は昨年まで8年ぶっ通しで出演、対談や司会を任されてきた。それが今年から日本対がん協会に移行されて、方針が変更。私にはただのパネリストとして座ってほしい、という。
一生一大の決断を迫られた。連続出場9回には未練があったのだが、患者代表とは名だけでしょ。ワットサンてどんなに偉い人だか衆知とは限らない。なのに突如、蝋人形のようなばあさんが登場したら、まずいんじゃない。でね、潔く降りたのよ、この潔さを褒めてくれ。思うに、対がん協会の首脳陣は私の司会進行の仕方が気に入らなかったのと、いつかは降板してもらわないといつまでもとは行かないと思ったのではないか。しがみついていたかったが、何たってポリシーが命、今回の決断は自分でも惚れ惚れしている。
捨てる神あれば拾ってくれる神もある。結構よ、負け惜しみではない。でもどうかみなさん、もっと拾って。私が立って歩ける間に。それが、神といえば、イギリスにもいる。一昨日金曜日、病人のホームを出たのが午後4時、左に曲がった最寄りのバス停に行こうか、それともお天気だから、右にまっすぐ行って、少し町でも歩こうかと、まっすぐ行きかけたら、私の名前を呼ぶ人がいるではないか。誰?あのキャロリンだった。この国で一番の仲良し。お互い、この唐突なる対面が信じられない、勿論、抱き合って奇遇を喜んだ。
彼女は英語で‘テレパシー’だと言うのだが、日本で使うテレパシーとは一寸違う。神の引力ね。誰にでも一度は起きているはず。普段この時間にここは通らない、いつもはあっちへ行くのにという一寸したひねりによる偶然。人体には磁石が埋蔵されていて、時に引き合う。珍説、偶然って磁気による当然だ。先程からロンドンマラソンが始まっている。