日本のみなさん、今、2009年10月24日朝の1時半。夕べ10時に自力で眠りに落ちたのに、1時間後には目が開いて、やむなくデパスを飲んで寝なおす。それが、この時間にパキッと目が覚める。日本は朝の9時半だから、眠れといわれてもね、お決まり、時差戦争の始まり。20日午前11時半に飛び立って、20日午後3時半にヒースロー着。迎えのミニキャブ(白タク)の運ちゃんは7月末に日本へ帰るとき送ってくれたインド人、恋人に会えたように懐かしかった。「お帰りなさい」なんて、握手してくれる。人種を超えた人間愛。
空港からの道は全景これ秋一色、モンタンの「枯葉」のメロディが聞こえてきそう。木には紅葉、道には落ち葉。思えば、日本で近年、紅葉見物など行ったことがない。10月の月間行事のあとはいつも英国へ来るようになって、丸4年になるのだから。代わりにこうして車の中から、目に入り切らないほどカラフルな葉っぱを眺めるのは、神様のプレゼントに他ならない。実に美しい。感涙にむせびたい。施設に入って3週間になる病人に会いに行く気持ちの重さをしばし忘れさせてくれる。夫はもう私を見ても反応しないだろう。
施設は自宅から歩いて約15分、近くて助かる。朝の11時、カーテンを開けた窓の下の10センチ位の隙間から秋の風が忍び込んでいる。病人は想像通りの姿でただ寝ていた。髪が伸びたまま、ひげも剃っていないので、いかにも浪人風、息子が週末にきれいにしてくれるそうで誰もいじれない。施設の名称は「セント・ジョンズウッド・ホーム」、3階建て、ロンドン市内のど真ん中みたいな位置にあって、もし有料ならとても払えない金額だろう。夫は幸い、無料で入れてもらえた。ベッド数は1階にざっと20はあって、ほぼ満員。
私は何をすればいいのか、タオルを絞って顔と襟首など拭いてあげて、髪を梳いて、あとはちょっと固い椅子に座って、新聞でも読んで、数独でもするか。会う人がみな、ミセス・ワットを歓迎してくれて、気分良好。ランチタイムに私まで招待されて戸惑った。初日のメニューはマッシュポテトに牛ひき肉炒めと野菜入りトマトソース。昨日は金曜日、この国はなぜか金曜は国を挙げて魚の日、白身魚のフライとフレンチフライ(フィッシュ&チップスで知られているコンビネーション)、これに醤油とご飯があれば文句は言わない。
私が来る前に子供たちは新しいALS専門ドクターに会って話を聞いていた。この女医さんは今まで行き会ったドクターの中でもっとも病気に精通していて、説明もよくしてくれた。すごかったのは、病人を全く普通の人として扱い、普通に話しかけていたそうだ。「彼女はダディが早晩死ぬとは思っていない」子供たちが女医さんから受けた印象だ。それなら、施設に入れたのは正解だった。息子は施設の扱いが少々不服で、今にも家に連れ帰りたいらしい。娘はだんだん慣れてきて、入れておいたほうが楽、と納得したところだ。
家の中に病人がいない、ヘルパーがいない。他人がいない安らぎに、驚いている。日本でも自宅で病人を抱え、ヘルパーが出入りしている家が多くあると想像するが、あれは疲れる。息子の言い分を聞いて、家に置いたほうが心配が少なくて済むならそうしよう、と考えていたのだが、今は断然、施設に置いてもらって、交替で通った方がいい、そう決めた。朝10時にホーム行き。ランチが主目的で、3時のティーの後、家に帰る日が始まった。