今年は比較的雨が少なかったらしいが、私が来てから、一日置きにしとしと雨が冷たくしつこく降っている。家の中がじとっと湿っている。息子のベッドパッドが湿って重いのがわかる。こんなベッドで寝ていれば、昔なら、肺病病みだ。彼はずっと具合が悪かった。原因はこれだったのではないか。パッドを洗って乾かして、ベッドをきれいにしたら、なんと元気になった。ウソのようなホントの話。日本人が最も忌み嫌う湿気だが、この国の民は平気なんだろうか。からっと照る日が少なくて、建物が古ければ、湿気るしかない。
9月で息子も37歳になった。未だ独り者。「ダディがこんな病気になって、あんたの人生、不幸になったと思う?」と聞いてみた。すると、「どうして、そんな質問をするの」と逆に問い返された。返事に困ってしまった。ナンセンスな質問だったのだろうか。それではこの私の人生は夫の病気のせいで不幸になったか。誰が見ても、よりハッピーになったとは言えない。しかし、不幸になった、と言ってしまっては私の身勝手過ぎるだろう。反対もあり得たのだから。人生が、平坦ではなく複雑に、容易ではなく面倒くさくなっただけ。
ホーム3日目、考えてみるとホームとは「老人ホーム」だった。夫のような難病患者は他にいない。それも、ばあさんがじいさんより俄然多いので、まさしく姥捨て山。終日ベッドでぬいぐるみを抱いて薄笑いしている老女、脳梗塞で頭はしっかりしているが、体が不自由、廊下を金属杖で右往左往して、理由もなく「マーガレットマーガレット」とナース長の名前を呼び叫んでいる老女、向かいの部屋のじいさんはシャツは着ているが、下はオムツか、ショーツか、それだけ履いて終日室内をウロウロ。私に見られても平気。
こんなところに毎日5時間もいたら宇宙人になってしまう。昨日はテレビで「刑事コロンボ」があったので、娯楽室に2時間いた。つらつら眺めるに正気な婦人は二人だけ。その内の一人に先日娘が、何かしてあげる事はないか、と聞いたら「家に連れて帰って」と言ったとか。やはりどこの国でも、家にいたいのに仕方なく施設暮らしをしている人がいる。マーガレットは59歳、ケニア人、ここで4年勤続。「私は後2ヶ月半で70になるのよ」と言うと、「じゃあ、この隣の部屋を取っておいてあげるから」とげらげら笑っている。
夫はいつまで生きるのだろうか。昨夕、子供たち二人で彼を車椅子に座らせて、自宅へ連れ帰った。散髪して、洗髪して、髭剃りをして、さっぱり見違えって、またホームへ帰って行った。息子ももう完全に諦めたらしい。ただ、3週間の入院で、早やお尻に辱創ができて、血が出ているのだという。家にいる時はちょっとおかしければ、すぐに気を使って、辱創の一歩手前で抑えていた。しかし、今は仕方がない。典型的な長期寝たきり人間になってしまうのだろう。死にたくても死ねないのも悲劇、見ているのが辛い。
英国は昨日(10/25・日)から冬時間、時計の針を1時間遅らせた。日本との時差が9時間になった。今、朝の6時、9足すと15時、日本は午後3時。反対にこっちの時間は9を引き算する。私が夜中の2時に起きてしまうのは、体内時計が午前11時だから。その代わり、午後3時過ぎると、日本の真夜中、体が寝てしまって、立っていられなくなる。