英国は20年ぶりの寒波で震え上がっている。僅か半時間の降雪で道路は麻痺、大通りに乗り捨てられたバスが連なっている。娘と孫は雪道を40分、徒歩で家に辿り着いた。日本から持ってきたバスクリン風呂で濡れた靴の中で凍えた足先を暖ためてようやく一息ついた。大雪対応のないこのシティは大混乱、飛行機も発着できず、空港のコンクリ床で寝るしかなかった乗客が大勢出た。時はクリスマス直前、国を挙げて里帰りの時、特に一年働いて貯めたお金で自分の国に帰る出稼ぎ人たちの思いを想像すれば、胸が締め付けられる。
クリスマスはクルシミマス、人々は24日イブの夜10時まで開いている店で焦ってラスト・ミニッツ・ショッピング。もともと貧しい人に恵みを与える日のはずが、物持ち人間のプレゼント交換の日に成り果てている。スーパーはターキー・ディナーの買い物客でごった返し、アメ横並みの混雑、カートが勝ち合ってすいすいとは動けない。日ごろから物でも食べていないかのごとく、食べ物を買いあさる人類の愚かさよ。へそ曲がりで、しきたりに縛られるのが大嫌いな私にとって、こんな竜巻に巻き込まれている自分が情けない。
かく言う我が家もこの日は七面鳥でないと承知しない息子が、腕を振るって5キロサイズをオーブンで焼いた。インド人の婿殿は完璧菜食主義、私の腕の見せ所、芽キャベツ、ポテト、なす、人参、の一工夫温野菜にサラダはフェタチーズとオリーブを入れてギリシャ風。孫はプレゼントを一つずつ開けては、はしゃいでいる。そして、忘れてはならないのは本日の主客、ホームから連れ帰った病人さま。車椅子にチンマリ座ったまま、CDから流れるディーン・マーチンのサイレントナイトホーリーナイトを聴いている、かに見える。
食事もできない、言葉も発せられない、感動も表せない、ただそこにいるだけだが、それでもホームでは終日ベッドの中なので、今日は椅子に座って家族と一緒、エンジョイしているのではないか。こうして家にしあれば、まだ起きていることも可能な人間がホームにあれば、ただの寝たきり病人になってしまう。だから、息子、娘、私、3人の胸中は痛み、そこはかとなく罪悪感が漂う。ようやく施設に慣れたこの時期に、みなの心は微妙に揺れ始めている。26日ボクシングデイが土曜と重なるので、月曜が代休、都合4連休休日。
ベッドに寝かせる時になって、9月末から使っていなかったホイストの電池切れで作動しないことに気が付いた。逐電に3,4時間かかる。娘は仕方がないから、今夜は施設に戻して、また明日迎えに行こうと言い出すが、息子は自力でベッドに寝かせるから、と意見が合わない。しかし、誰が見ても重すぎて、車椅子からずり落としそうになる。落としてしまえば、3人がかりでも持ち上げられない。息子も折れて、また外出仕度、夜の11時過ぎ、外は零下、車のフロントガラスが凍り付いて視界ゼロ。お湯を流して氷を溶かす。
ALS5回目のクリスマス、思い返すに、病人は去年暮れの28日に救急車で運ばれて命拾いした。あのときの緊迫感がよみがえる。新年の幕開けがそこまで来ているのだから、そして、私と私の家族の動向を見守ってくれている日本のみなさんのためにももっと建設的で明るい思想展開をしたいのに、時差と寒さで回路が狂ったまま、冬の日が暮れていく。